寒さで外出するのも億劫になってきたこの頃。家に籠もればスマホにゲーム、ネトフリ、YouTubeなど時間を潰すデジタルコンテンツはいくらでもあるけれど、少しだけ頑張ってみて本屋に足を伸ばしてみるのはどう?
「boundary books」は国内外問わず、男性表象をテーマとした雑誌や写真集、ZINEなどを約50種類取り揃える独立系書店。大型書店ではなかなか目にすることがない本も、ここでなら一冊一冊、ページをめくりながら向き合うことができる。ウェブストアだけでなくリアルショップを通じてゲイ・クィアアートとの出会いを提供する、店主・石井さんはどのような思いでお店をオープンしたのだろう。
ゲイ・クィアアートの視点から捉えた
男性表象にまつわる新刊本が並ぶ「bundary books」
ーー「boundary books」は、どのようにして生まれたのでしょうか。
出身地の宮崎県から転職を機に上京したのが3年前、当時はアートや写真とは無縁だったんです。ただ、東京の美術館を巡ったり、SNSで風景写真を眺めたりするうちに興味が湧くようになって。次第に、ゲイアートや男性表象に強く惹かれていきました。特に森栄喜さんの写真集『intimacy』との出会いは衝撃的で、ゲイであることを許されるような感覚が全身に走りました。
とは言え、大型書店へ足を運んでも望む本にはなかなか巡り会えなかったので、海外からコツコツと取り寄せるようになりました。本の価格よりも送料が高いことも度々あって、ふと「自分のようにゲイアートや男性表象に関心はありながらも、なかなか手にすることが出来ない」と困っている人がいるのではないかと思ったんです。それから、ゲイアートや男性表象を取り扱った本が流通している世の中にしたいという思いが芽生え、2023年5月にウェブストアとして「boundary books」をオープンしました。
ーー仕入れる本について意識していることはありますか。
ゲイアートや男性表象に関する本が流通している世の中にしていきたいという思いが強いので、国内外問わず新刊本を中心に扱うことを意識しています。現在のラインナップとしては約50種類、それぞれ3~4冊ずつ仕入れています。有名どころで言うとオランダ・アムステルダム発のクィアカルチャーマガジン『BUTT』は定期刊行物なので、最新号が出る度に仕入れるようにしていますね。本のリサーチはInstagramですることが多いです。
確かにゲイアートを変遷を知るうえでは一昔前の既刊本は大変貴重なものですし、私自身もとても興味があります。現に日本のゲイ・エロティック・アートにまつわる刊行本は希少価値が高くなっており、東風終作品やゲイ商業雑誌然り、ネットオークションやフリーマーケットで高値で取引されていることから需要が高いのは確かです。ただ、そこまで裾野を広げてしまうと「boundary books」のコンセプトからは逸れてしまうと思っていて。お店のコンセプトと自分自身の興味・関心が混同することがないようにしています。
ーーいわゆる成人向けと謳われるポルノ雑誌は、あえて取り扱っていないのでしょうか。
構想段階では日本の商業ゲイ雑誌は全て休刊しているため、海外の商業ゲイ雑誌を取り扱うことを考えていましたが、結論としては仕入れていないですね。お店のコンセプトが明確になってきた段階で店内を想像したとき、あからさまにポルノがラインナップしていることに違和感があったんです。「エロティック」と「アート」の境界(=boundary)を超越するような本屋になりたかったので、どちらにも偏っていない本が揃っていると思います。
ーー今年9月には東新宿・団子坂に面したリアルショップもオープンしました。土曜日のみの営業とのことですが、客足はいかがですか。
オープンして3ヶ月が経ちましたが、元々ウェブストアを利用してくださっているお客様が足を運んでくれているのに加えて、新規のお客様も少しずつ増えてきているという感じです。20代前後の方から、ゲイ雑誌『Badi』の読者だったという方、長谷川サダオが台頭した70年代後半から日本のゲイアートの変遷をリアルタイムで見てきたという方まで、世代を問わずにお越しいただいているのが一つ特徴として挙げられると思います。
ウェブストアでは「こんな地方から買い求めてくれる人がいるんだ」という感動がありましたが、リアルショップではお客様と顔を合わせて、話をして、本を手に取っていただくまでの時間を共有できる楽しさを感じているところです。
店主・石井さんが選んだ2024年に
読んでよかった2冊『Orange Grove』『Balam No.9』
ーーお店のラインナップから2024年に読んで良かった作品を教えてください。
1冊目は写真家・クリフォード・プリンス・キングによる写真集『Orange Grove』です。2022年に刊行された当書は、ブラックコミュニティにおける彼の親しい友人らを中心に撮影し、収めたものになります。マスキュリンな身体つきの男性たちが、柔らかい光によって写し出されている雰囲気がとても好みなんです。
同時にレンズを見つめる彼らの眼差しに惹かれ、ポートレートにおいては眼差しが全てを物語るのだなと感じました。キングは撮影期間中にHIVポジティブであることを宣告され、症状の一つである寝汗が染みたベッドや服用している抗HIV薬も作品として収められています。
彼は独学で写真を学び活動していましたが、当書が高い評価を受けたことを機に知名度を上げ、最近では『BUTT』最新号にて、トロイ・シヴァンの表紙を撮り下ろしたことでも話題となっています。
2冊目はアルゼンチン・ブエノスアイレスにある独立系出版社から刊行されている写真雑誌『Balam』になります。当書は各号の特集に沿った作品を世界中から募り、毎号40~50名にも上る写真家の作品を掲載しています。中でも気に入った第9号はニュー・マスキュリ二ティ特集と題し、メインストリームの外側で生きるクィアやトランスジェンダー、クロスドレッサーなど世の中に存在を無視されていた人々に焦点を当てたものとなっています。
アルゼンチンは同性婚が認められているものの、南米諸国のLGBTQ+コミュニティに関する情報は、エンタテイメントが盛んでLGBTQ+当事者をカミングアウトするセレブリティが数多く活躍する北米や欧州と比べて、可視化されづらい現状がありますよね。南米におけるLGBTQ+コミュニティの現状にも目を向けて欲しいという強い訴えに心打たれるものがありますし、新たな視点や切り口にハッとさせられました。
「お客様に本を届けられる幸せを感じながら、
無理なくお店を続けていきたい」
ーー同企画で東中野にある独立系書店「lonliness books」のインタビューも掲載予定ですが、親交はありますか。
上京以来、東中野へ移転する前の大久保にお店があったときから足を運んでいます。実は「boundary books」をオープンする際、店主の潟見さんが曜日変わりでスタッフを務めているゲイバー「タックスノット」にも相談に行っていて、すごく頼りにさせていただきました。
国内ではクィアに関する独立系書店が少ない中、先陣を切って運営をされてきた方なので、東中野へ移転してから精力的に行っている展示会やイベントなども実際に足を運んでは、勝手に参考にしています(笑)。「boundary books」をオープンした時は、逆に足を運んでもらって「サイズ感がいいんじゃないかな」とポツリと言ってもらって、それが励ましのようにも聞こえて頑張ろうと思えました。
ーー今後、「boundary books」をどのような場所にしていきたいですか。
「boundary books」に行けば、欲しい本があると思ってもらえるような専門書店を目指していきたいです。まだまだ知名度は低いですが、一つのジャンルを突き詰めれば需要も高まると考えています。東京へ訪れることが難しいという方にとっては引き続きウェブストアをチェックしてもらえたら嬉しいですし、もしも東京に訪れる機会があればお立ち寄りいただきたいです。
現在は本屋とは別で主業に従事していますが、自分の好きなものを共有できる場所、時間は収入面の主軸にせず、あくまでもこの形で続けていきたいと思っています。自分が好きな本を共有できる喜び、本を届けられる幸せを感じながら、週に一度の時間を大切にしていきたいです。
ーー後編の「loneliness books」は近日公開予定。
◆boundary books
ゲイ・クィアアートをメインに、男性表象をテーマにした雑誌・写真集・漫画・ZINEや、雑貨などを取り扱うブックストア。
https://boundary-books.square.site/page
Instagram@boundary__books
住所:東京都新宿区新宿7丁目2-1学友社ビル1階小店舗
営業日:土曜13:00~21:00
※オープン日は公式インスタグラムにてご確認ください。
取材・文・写真/芳賀たかし
記事制作/newTOKYO