幸せとは選択肢があること。「エリンとみどり ジェンダーと新しい家族の形」が伝える、無数の家族のあり方

婦婦のエリンとみどり
ⒸToshiyuki Tsujimura

ただ愛し合っている二人が、性別を理由に結婚を拒否されてしまう。“婦婦(ふうふ)”として、3人の息子たちと穏やかに暮らすエリンさん(写真左)とみどりさん(写真右)は、そんな現実を目の当たりにした。

トランスジェンダーのエリンさんは、幼少期から抱いていた自身の性に対する違和感から脱却するため、2018年に国籍のあるアメリカ・テキサス州の裁判所で氏名と性別を変更、いわゆるトランジション(性別移行)を行った。しかし、日本の法律上、パートナーであるみどりさんとは同性間の結婚とみなされるため、トランジション以前に結んだ婚姻関係の解消か、性別変更をしないかの二者択一を求められている。

母国の性別と合わせるように書き換えを求めれば、20年以上も結婚生活を歩み結婚相手として認められていたのが一転、パートナーとして認められなくなる。二人の家族の形について綴られた著書『エリンとみどり ジェンダーと新しい家族の形』を読めば、今の社会の当たり前を問い直すに違いない。

ⒸToshiyuki Tsujimura

ーー「法律がない=トランスジェンダーは存在しない」現状の日本社会の壁

みどり:本では私たちの結婚生活の話からスタートし、後半はトランスジェンダーの問題について触れています。日本では結婚しているトランスジェンダーの方は存在しないものとされ、私たちのように結婚後に夫もしくは妻のどちらかがトランジションした場合、制度上の性別変更はできません。

このように、多くのマイノリティとされる人たちが、マジョリティに向けてつくられた既存の制度に従って生きることを強いられます。けれど、「少数派」とされるマイノリティは決して少数ではなく、世の中には多く存在するんですよね。

エリン:日本ではトランスジェンダーの方が安心して過ごせるような法律や環境が不十分であるせいか、現時点であるものに合わせようとしている当事者が多い気がする。まだまだトランスの方は「珍しいもの」とされ、偏見や差別は多く残っています。実際にトランス女性の多くが、世の中から「珍しいもの」として見られることを避けて行動しているように感じます。

例え本人が望んでいないことだとしても、シスジェンダー女性(生まれたときに割り当てられた性別と性同一性が一致している女性)の一員としてカテゴライズされるように生活している現実もあるんです。そのことを英語では「stealth(ステルス)」といい、トランスジェンダーであることを隠してシスとして生活するという意味で使われてます。

ⒸToshiyuki Tsujimura

私は頭の中に言葉や思想が十分になかった頃、自分のことを把握しきれなかったし、性別の違和感はあってはいけないと思ってました。けれど、今後隠して生きていくことは考えられないと思うと、徐々に感情が溜まっていくんですよね。

トランジションには、肉体的、社会的、精神的などさまざまなのですが、最初は職場に黙って体だけトランジションしようと思ってました。けど、あまりしっくりこなくて。自分の頭の中だけでは整理がつかないこともあり、みどりちゃんに全てを伝えました。

みどり:最初に彼女から言われたのは「性別に違和感があるから、ここのクリニックに行ってみようと思うんだけどどう思う?」という相談。多くの人は「カミングアウト」という言葉に衝撃的な意味合いを感じるかもしれませんが、互いに何も隠さずに過ごしてきたせいか特に驚くこともありませんでした。大事に思うパートナーが精神的に悩んでるなら、適切なカウンセリングを受けることを提案するのは当たり前のこと。

逆に女性として生きる自分の姿を隠して、家族がいない所でだけ女性として過ごしたりする方の話も時々聞きます。それが我慢できなくなって、ある日思い切って家族に伝えるという話は家族にとっては衝撃的ですよね。なのでカミングアウトといっても世間が思う衝撃的な展開になることもあれば色々です。そういったことも本では話しています。

トランスジェンダー女性のエリン
ⒸToshiyuki Tsujimura

ーー「うちらはみんなと同じ!」ポップに私たちの存在を伝えること

エリン:社会問題に関する話題は堅苦しく聞こえるかもしれないけど、この本はLGBTQコミュニティに属していない人たちにこそ読んでほしかったので、ポップで読みやすい内容を意識しました。普段、生活する中で同じコミュニティ内の人たちで集まることはあるけど、その中だけで話が進んでしまい、コミュニティの外にいる人たちとのLGBTQに関する認識のズレを擦り合わせる機会が無かったことが背景としてあります。

編集の矢島さんはLGBTQを自認している方ではないので、ある意味マジョリティ代表として話を聞いてもらえたのがよかったです。インタビュー形式では二人の人生について聞いてもらったのですが、うちらお得意の冗談やおしゃべりで矢島さんはまとめるのが大変だったかもしれない(笑)。

みどり:本の巻頭には家族写真が掲載されてます。末っ子は未成年ですし、今回は本人の希望で幼少期の写真のみを使っていますが、彼を含めて3人の息子は、私たちの関係が「夫婦」から「婦婦」になっても変わらず居続けてくれています。

婦婦のエリンとみどりと子どもたち
ⒸMinako Yajima 

もし、私たちが泣いていたり、何か不幸なことが起きた雰囲気を醸し出していたりしたら、子どもたち自身も不幸な身だと思ってしまうかもしれませんが、私たち二人は彼女がトランジションしていく最中でもなんらいつもと変わりのない関係で過ごしていたから、子どももすんなり受け入れられたのだと思います。

もちろん、何か質問されたら分かるように話をしましたし、子どもって隠さず話せば理解してくれるんですよ。「子どもだから、まだこの話をするのは早い」とかではなくて、親がありのままでいてくれて、聞かれたら素直に話すという関係性でいたからこそ、お互いを「個」として認識して、尊重できる関係がつくれたのかなと感じています。

もちろん22年間の結婚生活は色々ありますが、うちらは楽しいことをして過ごしていきたい。こういった二人のテンポ感や雰囲気を少しでも感じ取ってくれたら嬉しいです。

エリン:要するに「みんなと同じように生活して幸せになろうとしているんだよ!」ということ。コミュニティにいる人いない人問わず、どなたでも読みやすく共感できるのかなと思います。

婦婦のエリンとみどりと子ども
ⒸToshiyuki Tsujimura

ーー家族というあり方の枠組みを「なくす」のではなく「増やす」

みどり:本のメインテーマでもある私たちの家族の形について話すと、結局は幸せに暮らすことが全てなのかなと思います。同性婚の法制化をめぐる主張の多くは「同性愛者も異性愛者と同じように愛し合ってるんだから、そこに入れてください」というもの。だけど、そこを目指すべきかは疑問です。これは同性婚にかかわらず、女性の生き方にもいえることです。

女性だけど会社のトップにいたいとか、いっぱい稼いでお金持ちになりたいというけど、世の中の男性がヘトヘトになるまで何時間も残業して、それを女性は望んでいるのかなって。やはり私たちが目指すのは、今ある社会に女性が追いつくとかLGBTQの人たちが異性愛者の社会に「混ぜてもらう」のではなく、もっと幸せな生き方で社会をつくること。

家族の形でいうと、例えば近所のおじいちゃんとおばあちゃんとお昼は一緒にお茶をしたり、不在中は子どもたちの面倒を見てもらったり…血は繋がってなくてもこれはこれで一つの家族と言ってもいいんじゃないかって思うんです。今は血縁とか恋愛感情の有無とか、いわゆる生産性で家族の形が決まってしまっている気がしてならないです。

婦婦のエリンとみどり
ⒸYasuko Tadokoro

エリン:うちらは生産性のためではなくて自分たちのために生きている。今定義づけされている家族の形に当てはまらなくても、誰もが結婚という選択肢がある中で、自分たちの決めた家族のあり方が尊重されたらいいな。家族の枠組みを「なくす」というと不安になってしまう人もいるので、ここではあえて枠組みを「増やす」ことが大事なのだと思います。

みどり:結局LGBTQだけではなくて個々の話なんですよね。幸せに暮らすことは全人類共通の望みであるはず。最近は同性カップルにしてもパートナーシップ宣誓をしない、あるいは異性婚にしても婚姻関係を結ばず事実婚を選択する人もいる。それはなぜなのか。きっと、現在の結婚制度が今を生きている私たちに合っていないからなんですよ。

エリン:トランスジェンダーの人は珍しいものとされていますが、うちらは多くの家族と同じように平和に暮らし、好きなことをやりたいようにやってる。だからいい意味で深く考えていません。ただ、その実例的な存在ではあるから、この本を通して家族の形について問い直すきっかけが生まれたら嬉しいです。

■プロフィール
結婚21年目の「婦婦」として、3人の息子をもつエリンさんとみどりさん。トランスジェンダー女性のエリンさんは2018年、出身国である米国でジェンダーの変更(性別移行)を行う。日本の法律上、二人は同性間の結婚とされるため、かつて結んでいた婚姻関係を解消する選択に迫られる。同性婚が認められない現状に対し、2021年に国や目黒区、大田区を相手取り裁判を起こす。またジェンダー、セクシュアリティ、人種、年齢に関わらず、オープンで他者と寄り添う気持ちのある人たちに向けてセーフスペースを提供するパーティー「WAIFU」、セックスポジティビティをキーワードに開催するレイヴパーティ「SLICK」を運営。さまざまな人たちに居場所を与えるため、多岐にわたって活動する。
みどり | Instagram@dolly3o3
エリン |
Twitter@elinmccready

■エリンとみどり ジェンダーと新しい家族の形
単行本:200ページ
出版社:天夢人(2022年2月16日発売)

写真提供/天夢人
取材/Honoka Yamasaki
記事制作/newTOKYO