「フェミニズムの形は、人の数だけあるから」。本という“声”を届ける書店「エトセトラブックス」

左から穂立帯子さん、寺島さやかさん

東京・新代田にある「エトセトラブックス」は、女性やフェミニスト、社会で見過ごされがちな人々の声を届ける書店だ。出版社で編集者をしていた松尾亜紀子さんが代表を務めるこの本屋は、フェミニズムやジェンダー、LGBTQ+コミュニティなど、未だ世に届いていない“エトセトラ(その他)の声”にまつわる本を届けている。

本だけでなく、クィアや女性のコミュニティを支援する活動や店内イベントにも積極的に取り組み、居場所としての役割も果たしている。国内外問わずバックラッシュが強まる今、本と人が出会う場所にはどんな意味があるのだろうか。エトセトラブックスBOOKSHOPの店長である寺島さやかさんと、出版業務や書店イベント業務を担う穂立帯子さんに話を伺った。

ーー「本を通して“エトセトラの声”を届けたい」エトセトラブックスが誕生した背景

ーーエトセトラブックスは、どのようにして生まれたのでしょうか。

寺島さやかさん(以下、寺島):私は元々、下北沢にあった「本屋B&B」(※現在はBONUS TRACKに移転)という書店に勤めていました。そこで企画したフェミニズムフェアを、当時別の出版社に勤めていた(エトセトラブックス代表の)松尾さんが見てくれていて。後に「フェミニズムの出版社を立ち上げて、フェミニストのための本屋をつくろうと考えている。一緒にやってみない?」と声をかけてもらい、まずは本屋B&B内にフェミニズムにまつわる本を中心とした選書コーナーを実験的に設けてみたことがエトセトラブックスBOOKSHOPの始まりです。

その取り組みを続けて1年半ほど経った頃、世界はコロナ禍へ。顕在化した家庭内暴力や貧困といった問題を見過ごすわけにはいかないと話し合った末、穂立さんを加えた3人で“私たちが求めていた場所をつくる”という意思のもと、2021年1月に実店舗としてエトセトラブックスBOOKSHOPをオープンしました。

ーーお二人それぞれのフェミニズムとの出会いについて、お聞かせください。

寺島:小学生の頃、担任の先生に「あなたはフェミニスト」と言われたことが、フェミニズムという言葉との出会いだったと思います。当時はその意味が分からず、高校卒業まで、日常の中で疑問に思うことはあれど、自分がフェミニストであるか否かを意識することはありませんでした。その後、様々な漫画や小説を読むうちに、好きだと思う作品に共通してジェンダーロールからの解放やジェンダー平等などが描かれていることに気づいたんです。

そこで先生が言っていた意味がようやく分かりました。

穂立帯子さん(以下、穂立): 私は主に映画や音楽といったカルチャーが、入り口としての役割を果たしてくれました。松尾さんとは前職からの知り合いでした。松尾さんと一緒に雑誌「エトセトラ 」の編集をし、寺島さんと一緒に書店を運営する中で、フェミニズムについてより多くのことを知るようになったんです。

ベル・フックスの「フェミニズムはみんなのもの」という言葉の意味を、自分ごととして深く理解するようになって。女性と一言で表しても、その中にはさまざまなセクシュアリティやジェンダー、人種などが複雑に交差していることを実感しています。

ーー寺島さんはこれまで書店員としての経験をする中で、女性ならではの壁に直面したことはありますか?

寺島:「女性はヒールのあるパンプスとスカートを着用」という規定のある書店の面接を受けたとき、「男性と同じように、ヒールなしの革靴にパンツスタイルで仕事してもいいですか」と質問したら「絶対にだめ」という返答で、合格を辞退したことがあります。働いてみたい場所だったので、当時は悔しかったし、おかしいと思いました。

ただ、いい思い出もあります。アート系書籍を多く扱う書店で働いていた頃、同僚と一緒に「孕ませる女たち」というタイトルで、女性作家/アーティストの本を集めたフェアを企画したことがありました。ご年配の女性から「あなたがこの企画をつくったの? 素晴らしいわね」とお褒めの言葉をいただいて、そのことが印象に残っています。その方はフェミニストだったんでしょうね。

ーー「居場所」として機能する書店。お互いをケアしながらエンパワーメントしていく

ーーエトセトラブックスでは、どのような本を扱っていますか?

寺島:これまで働いていた書店は、フェミニズムに興味がない人も想定した選書でしたが、エトセトラブックスBOOKSHOPにはフェミニストが多く集まるので、選書の仕方が大きく異なります。

ここでは、フェミニズム初心者向けの選書と、より深く知りたい方向けの選書を同居させる必要性を感じています。今は試行錯誤しながらお客様や関係者との対話を通じて、フェミニズムの奥深い世界に触れることができているのが嬉しいです。

「エトセトラVOL.13」(エトセトラブックス )/特別編集:水上文

ーーさまざまな本を選書する中で、クィア関連書籍についての動向や変化があれば教えてください。

穂立:女性のクィアにまつわる本が少ないのが現状です。かつて男性中心の出版文化や、レズビアンという言葉がポルノ的に消費されてきた時代が長かったりしたことが影響しているのかなと。このような時代の中でレズビアンやセクシュアルマイノリティ女性の当事者たちがカミングアウトするのは、すごく勇気がいることだと考えています。

エトセトラブックスでは身近なテーマからフェミニズムについて考える「エトセトラ」という雑誌を刊行しているのですが、最新の「エトセトラVOL.13」では「クィア・女性・コミュニティ」について取り上げました。「クィア」という言葉が日本で使われるようになる以前から、当事者たちは存在していますし、古い本の中にもそうした要素はたくさん隠されている。私たちはそういう歴史を知ってもらいたいという想いで本に携わっています。

ーー最近では、国内外でジェンダー平等が脅かされるバックラッシュが起きていますが、書店として今の社会とどのように向き合っていますか。

穂立: 怖い、というのが正直な気持ちです。ですが、少しでも多くの同じ思いを持つ方たちがエトセトラブックスに安心して出入りできるように、場所作りには気をつけています。

私自身、「消される側」の人間だというのを強く感じているからこそ、変えていかなければならない。だけど、相手が大きいなとも感じる不安もある中で、この場所では怖いという気持ちをお互いにケアしながら、エンパワーメントしていく。それができればいいなと思っています。

ニューロダイバーシティ(神経由来の個々の特性を多様性と捉え、尊重し、社会の中で活かせる環境づくりを推進しようという考え)アライであることを表明する旗

寺島:私はキャパシティが足りない時があって、というかいつもで。笑

「社会には問題が山積みなのに、何も出来ていない…」と感じて落ち込んでしまうことがあります。だからこそ、同じように焦りを感じて自分を責めてしまっている方にぜひ来てほしいです。この場所を訪れることが、世界のフェミニスト/弱い立場に置かれている人を応援していることに繋がると思うんです。それで、前向きな気持ちになれるといいなと思っています。

「部落フェミニズム」(エトセトラブックス )/編著:熊本理抄

ーーこの世界に生きているフェミニストに出会い、社会に対して「ふざけるなよ」と言える場所

ーーnewTOKYO読者におすすめの本を教えてください。

穂立:エトセトラブックス刊行の『部落フェミニズム』です。部落出身の女性、性的マイノリティたちが今も受けている差別の現状を可視化する本ですが、その中で語られているのは、フェミニズムのイシューである差別の構造や、当事者間の圧力、立場の違いについてです。

女性であること、障がいがあること、LGBTQ+当事者であることなど、さまざまなアイデンティティが交差していることを深く知るための、とても大切な一冊です。

「白さぎ」(のら書店)/作:セアラ・オーン・ジュエット、絵:バーバラ・クーニー、訳:石井桃子

寺島: 私は今年7月に日本語版が出版されたばかりの絵本『白さぎ』をおすすめします。貧しい少女が「白いさぎのいる場所を教えてくれたらお金を払う」という青年に出会います。少女はさぎのいる場所を教えるか否か葛藤した末に…というストーリーです。

周りがどう思おうと、自分の心に従う強さが描かれていて、100年以上前にこんな話が書かれていたのか、と感動しました。自然描写に愛情が感じられることも、好きな理由の一つです。

ーー最後に、今後の展望について聞かせてください。

穂立:もちろん社会が良い方向に変わってほしいという気持ちは強いけれど、自分たちだけですごく大きな変革ができると思っているわけではなくて。ただ「こういう人たちもいるんだよ」っていうことを見せていきたい。お店が始まった頃は、フェミニズムの本屋さんって日本にはなかったので、「フェミニストはネットの中にしか存在しない」「周りに同じ考えの人がいない」と感じている人がたくさんいたと思います。

でも、このような場所があることで、日本にもフェミニストがいると知ってもらえるかなって。そういうリアリティをこの店を通して伝えていきたいです。同時に、「ふざけんな」って気持ちも大きい。地獄みたいな現状や差別的構造を壊したいという思いもあります。

寺島: 「地獄みたいな現状や差別的構造」のただなかで苦しいとき、私は、自分ひとりだけで世界を背負っているような、心が孤独な状態になっていることが多いです。でも、この場所に来れば、たくさんの本があり、フェミニストの言葉に出会えます。小説や詩をたくさん置いているのも、割り切れない気持ちも受け止めてくれるジャンルだからです。この本棚は自分にとっても必要な場所で、いらっしゃる方にとっても同じだと嬉しいです。

本があることで、フェミニスト同士が関わり合い、エンパワーメントし合える場になっています。

◆エトセトラブックス(〒155-0033 東京都世田谷区代田4-10-18ダイタビル1F)
まだ伝えられていない女性の声、フェミニストの声を届ける出版社。
https://etcbooks.co.jp/
Instagram@etc.books

取材・文/山﨑穂花
編集・企画・写真/芳賀たかし
記事制作/newTOKYO

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