惚れっぽく、傷つきやすく、愛を渇望し続ける。映画「パトリシア・ハイスミスに恋して」のエヴァ・ヴィティヤ監督が見たハイスミスの素顔

作家であるパトリシア・ハイスミスが偽名で発表した自伝的作品『The Price of Salt』。発売された1950年代のアメリカにおいて、レズビアン小説として初めてハッピーエンドが描かれた作品であり、2015年には映画『キャロル』の原作として再び注目を集めた。
ハイスミスは、小説を書くことを「生きられない人生の代わり。許されない人生の代わり」と話している。栄光を手に入れても、ハイスミスは女性との恋愛を隠す二重生活を余儀なくされていたのだ。

2023年11月3日(金)公開のエヴァ・ヴィティヤ監督によるドキュメンタリー映画『パトリシア・ハイスミスに恋して』は、ハイスミスの謎に包まれた人生に光を当てたものとなっている。ハイスミスの秘密の日記や本人映像、元恋人達や家族によるインタビューなどを通して知った彼女は、監督の目にどのように映ったのだろうか。

ーー愛を渇望し続けるパトリシア・ハイスミスの新たな一面

ーー『パトリシア・ハイスミスに恋して』を拝見し、ハイスミスの人生を通して当時のアメリカの時代背景を知ることができました。取材をする中で、ハイスミスの印象は変わりましたか?

取材を通じて当時のアメリカでは、いかにハイスミスのような女性が生きていくことが大変だったのかを知りました。同時に彼女の新たな一面を知ることもでき、とても興味深い取材となりました。

ハイスミスは著名な人物だったので、彼女に関する情報はすでにありました。しかし、彼女が残した日記やノートを読むことで、今まで全く知られていなかった新たな一面を見つけることとなったのです。
愛を渇望し続ける人物としてのハイスミスを知り、彼女の友人などにインタビューすることで、発見した新たな一面が本当であることを再確認できました。

ーー新たな一面を知ることで、本作の方向性や制作に影響はありましたか?

影響したと思います。これまでハイスミスについて扱う番組や作品はありましたが、どれも彼女の文筆活動や小説との向き合い方に関する内容を扱っていたのです。なので、私は彼女のよりパーソナルな部分や恋愛に光を当てたいと考えるようになりました。

一番印象深かったことは、ハイスミスの家族との出会いです。最初、家族は懐疑的な様子でしたが、話をしていくうちに少しずつ心を開いてくれました。そして、彼女の資料や写真が入った箱を持ってきてくれて「何が入ってるか分からないけど、何でも開けていいよ」と言ってくれたのです。

私はその箱の中身を2日間かけて全て見ました。中でも16ミリフィルムの映像を観ることを心待ちにしていたのですが、予想外にもロデオの映像が流れてきて(笑)。てっきり、家族と過ごす様子が映し出されるかと思っていたんです。ただ、これも彼女の生活の一部だったのかなと想像することができました。

ーーさまざまなことを想像しながら制作期間を過ごしていたのですね。もしハイスミスが生きていたら、どんなことを話したいですか?

もしハイスミスが今も生きていたら、このような映画を作り、彼女の個人的な生活を公開する形になったことはよかったのか聞きたいです。というのも、彼女はインタビューなどでプライベートを公開することに関して慎重でした。なので、彼女の生活に焦点を当てた映画を制作しようと考えたとき、このような形で公開することへの正当性を監督として自問することとなるわけです。

彼女は日記の中で、自身のホモセクシュアリティに触れ「後にこの日記を見る人がいるならば、私とは全く違う眼鏡で見るだろう」と綴っています。しかし、彼女はそれでもいいのだと言っているので、今のところ映画を制作したことに関して肯定的な反応を示してくれるのではないかと思っています。何とも言えないところですが……。

ーー当時のアメリカを映し出す、同性愛と罪との関係性

ーー映画監督としてさまざまな葛藤がある中、ハイスミスを映し出そうと考えたのには強い想いがあるのだと感じました。

必ずしも同性愛をテーマにすることを中心と捉えていません。私は彼女の文学を理解するために必然であったと考えています。なぜかというと、彼女のさまざまな作品の中では「罪」がテーマとして扱われており、彼女のセクシュアリティを含めた個人的な話が関係しているからです。
彼女が生きていた時代は、同性愛に関して罪の意識があったことは想像できるので、同性愛と罪との関係性も非常に重要なテーマであると考えています。

ーー映画制作を終えた今、ハイスミスについて考えていることはありますか?

この映画を計画していた段階では、鑑賞者がハイスミスに恋するような映画を作りたい、彼女のことを決して忘れないような映画を作りたいと思っていました。
それは私にもいえることで、彼女を深く知ることで忘れられない存在となりました。映画は完成しましたが、これからもパトリシア・ハイスミスという人物を追い続けるでしょう。

■パトリシア・ハイスミスに恋して/Loving Highsmith 
2023年11月3日(金・祝)より新宿シネマカリテ、Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開
https://mimosafilms.com/

ストーリー/トルーマン・カポーティに才能を認められ、『太陽がいっぱい』『キャロル』『アメリカの友人』を生んだアメリカの人気作家、パトリシア・ハイスミス。ヒッチコックやトッド・ヘインズ、ヴィム・ヴェンダースらによる映画化作品の抜粋映像を織り交ぜながら、彼女の謎に包まれた人生と著作に新たな光を当てるドキュメンタリー。/2022年/スイス、ドイツ/英語、ドイツ語、フランス語/88分/監督・脚本:エヴァ・ヴィティヤ/出演:マリジェーン・ミーカー、モニーク・ビュフェ、タベア・ブルーメンシャイン、ジュディ・コーツ、コートニー・コーツ=ブラックマン、ダン・コーツ/原題:Highsmith Loving/字幕:大西公子/配給:ミモザフィルムズ © 2022 Ensemble Film/Lichtblick Film/mimosafilims.com/highsmith/

取材・文/Honoka Yamasaki
編集/芳賀たかし(newTOKYO)
記事制作/newTOKYO