歌人・鈴掛真さんが書き下ろした五七五七七の短歌と、その一首に紐づくショートストーリーが綴られる全4回の短期連載『恋の三十一文字(みそひともじ)』。
最後となる第4回目は、“僕”が通い詰めていたバーで出会った、プロポーズを控えた“あの人”との、夜のドライブでの出来事――。
もし僕が
女だったら
どの曲を
選びあなたは
抱いたのだろう
「女性へのプロポーズを目前に控えた男性は、こんな顔色をするんだな」と思った。
期待に目を輝かせ、だけど今にも不安に押し潰されそうで。大人の精悍さを宿しながらも、無垢な少年のようにも見える表情だった。
約10年前、僕が当時毎週のように通い詰めていた行きつけのバーがあった。
そこは中目黒という土地柄、性別や年齢、職業を問わず色んな客が集まる店で、あの人もその中の一人だった。
歳は僕より一回り上、当時30代後半のバツイチで、いつもキャップを後ろ向きに被り、MA-1を羽織ったストリートファッションは少しガラが悪く、第一印象では正直なところ、この人と仲良くなることはないだろうと思っていた。
それから数年越しに本人から聞いた話では、男社会の中で生きてきたあの人が、面と向かって対話する初めての同性愛者が僕だったらしい。
同性愛者といえば新宿二丁目とテレビの中にしかいないと思っていたあの人にとって、中目黒であっけらかんとセクシュアリティを隠さない僕は興味深かったみたいだ。「シンちゃん、よろしく」と初めて話しかけてくれたのもあの人からだった。
今となっては、二人きりでコーヒーを飲みながら何時間も語り合う仲になるなんて。
そうして知り合って間もなく、あの人から相談を受けた。
「付き合っている女性に手紙でプロポーズしたいから、文面をいっしょに考えてほしい」
プロポーズなんて、ゲイの僕には縁遠いものだと思っていた。まさか男性から女性へのプロポーズに、僕がこんな形で関わる日が来るなんて。
「これでちゃんと気持ちが伝わるかな?」とか「これじゃあクサ過ぎるかな?」とか、もういい大人なのに、本気になって悩むあの人のことが年上だけど可愛らしく思えて、僕も真剣に頭を捻ってアドバイスした。
あの人が相談相手に僕を選んだのは、僕が作家だからという名目ではあったけれど、今考えてみれば、僕とこうして仲良くなるきっかけを作るための照れ隠しだったのかもしれない。
数日後の夜、僕らは二人でドライブへ出かけた。あの人が運転するタバコ臭い車の助手席で、プロポーズの報告を聞いた。
結果は、惨敗。「今は結婚する気はない」と断られたとのことだった。
それがきっかけで別れることにもなったと、あの人は話してくれた。
あの人はひどく落ち込んでいた。
ああ、本当に彼女のことが好きだったんだな。こんなにも大人な男の人でも、プロポーズを断られたり、人生にもがいたりするんだな、と思った。
上手に生きられないのは、性別も、年齢も、セクシュアリティも、関係ないのかもしれない。
手紙の文面を手伝った僕も、自分のことのように残念に思い、あの人の側で「うん、うん」と頷くしかなかった。
ひとしきり話し疲れたのか、大きくため息をついた後に、あの人は言った。
「シンちゃんが女だったらな」
女だったら。その先を、あの人は言葉にしなかった。
もし僕が女だったら、あの人はどうしたのだろう。助手席の僕の手を握ったかもしれない。ホテルまで車を走らせて、僕を抱いたかもしれない。もし僕が女だったら、恋人にしたかったのかもしれない。
僕もその先を尋ねなかった。聞かなくてもいいと思った。
カーステレオからは、騒がしいヘヴィメタルが流れていた。
こんな夜のムードにはあまりに似合わなくて、ちっともかっこよくなかった。僕はおかしくて少し笑った。あの人も笑っていた。
* * * * *
■ プロフィール
短歌・文/鈴掛真(すずかけ しん)
歌人。愛知県春日井市出身。東京都在住。ワタナベエンターテインメント所属。第17回 髙瀬賞受賞。著書は、歌集『愛を歌え』(青土社)、エッセイ集『ゲイだけど質問ある?』(講談社)他。
イラスト/あさなさくま
漫画家・イラストレーター。ゲイである自身の日常を描いたコミックエッセイ『あさな君はノンケじゃない!』(KADOKAWA)が、第2回「ピクシブエッセイ新人賞」を受賞。セクシュアリティを問わず共感を呼ぶ作風と、アパレル企業勤務の経験を生かしたファッション描写に注目が集まっている。共著に『cawaiiコーデ絵日記 from cawaii_gram』(星海社)がある。
記事制作/newTOKYO