53年の歴史に幕。新宿二丁目に君臨し続けた深夜食堂「クイン」のママ・りっちゃんの半生(後編)

新宿二丁目のクインのりっちゃん

大物芸能人や大御所と呼ばれるゲイバーのママも駆け出しの頃から通い、数多くのドキュメンタリーやバラエティ番組で紹介されてきた新宿二丁目のランドマーク『和食クイン』が、惜しまれつつも2023年9月末をもって53年間の灯りを消した。

ーー「オレが女王だから」という理由で名付けた店を切り盛りしていたのは、男勝りで豪快なキャラクターが印象的な名物女将の、りっちゃんこと加地律子(かじりつこ)さん。ゲイタウンと呼ばれる前からこの街に君臨し続けてきた彼女だからこそ語れる、新宿二丁目への愛情とは、そして後悔のない人生とは……。

後編では、様々な人間模様を見てきたりっちゃんならではの人生観をふわっと伺います。

閉店までの軌跡の一コマ。りっちゃんとカジくんのちょこっと話。

我々が取材をしたのは9月の半ばのことだった。店内には長年通っていた常連客が最後の思い出を作るために入れ替わり立ち替わりでほぼ満席状態。
基本的に営業時間内しか取材を受けないりっちゃんのポリシーもあり、ドキュメンタリー番組も隅の席でカメラを回していた。

もはや名物ともいえる、りっちゃんのビール瓶を栓抜きで軽快にチンチン叩く音が響くたび、常連客の合いの手が合唱のように店内に響き渡る。つい、こちらも手を叩いて場の空気に取り込まれてしまう。
どうやら叩くことで中身が入っていることを確認しているらしいのだが、栓を抜いた時点でわかることなので、これはりっちゃんの長年の経験から編み出されたパフォーマンスなのだろう。

立っているだけでも痛みがあるというのに、そんな素振りは見せずにひょうひょうとした表情で注文した料理を持って我々のテーブルに来たりっちゃんが口を開く。

「で、ほかに何が聞きたい?いろんなメディアが散々取材に来たからもうほとんどのことはしゃべってるけどね」ということで、ちょっと気になるりっちゃんの子育てやプライベートのことを聞いてみることにした。

新宿二丁目クインの閉店を決めたカジくん

ーー夫婦二人三脚。お父さん(カジくん)と長年連れ添った秘訣を教えてください。

秘訣なんてないよ。空気みたいなもんだよ。
惚れた腫れたは最初の3年だけさ。今はあんなだけどさ、昔はオレが一目ぼれするようないい男だったね。

でも一緒に暮らして子育てもして、仕事でも一緒だと、自分の時間も必要だろ。家では部屋は別だし、お互いに自由にしているだけで必要なこと以外は会話もないね。起きたら適当に冷蔵庫の中のもので自分の飯を作って食べて、風呂に入って、仕事の支度して。その間特に相手のことには干渉しない。

それならお互いに嫌なこともないし、必要のないケンカをすることもないだろ。オレは不良だからいろんな悪さもしてきたけど、そういうのも口出しをしてこないね。まあ、カジくんは今でもオレに惚れてるからさ。

閉店した新宿二丁目の深夜食堂クイン

りっちゃんのカッコイイ部分。生きるために培ってきたオンとオフ。

ーー前々から気になっていたんですが、いつもりっちゃんがはめてるそのダイヤは何カラットあるんですか?

あー、これはネックレスと指輪合わせて15カラット。バブルの頃はおかげさまで薄利多売でも儲けさせてもらったから、伊勢丹には金をつぎ込んだね。

外商がさ、どこに着ていくんだよみたいな毛皮とかおかしな服とか売りつけるだろ。バブル期は景気がいい人が多かったからさ、みんなおだてられるとつい買っちゃうんだけど、そうすると伊勢丹が「普段着る場所なんてない」服をお披露目するためのパーティーとか開くんだよ。で、また買う。

このダイヤも何度か買い換えたんだけどさ、仕事中にお客に突っ込まれて渡して見せるだろ。そうするといつの間にか会計していなくなっていて、そういえばダイヤ渡したままだったっけ、って。そういう奴はもう来ないから諦めるしかない。

ーーりっちゃんの一人称について。いつから「オレ」って言うようになったのでしょうか?

最初は「あたい」だったんだよ(笑)。オレになったのは『クイン』を始めてからだね。
昔はさ、この街にもヤクザがいっぱいいて見かじめ料をねだりに来るんだよ。当時30歳そこそこの若い女に向かって「てめえこの野郎」って凄まれたり、店に居座って嫌がらせもしてくるけど、何にもしてないヤクザになんかビタ一文払いたくなくてこっちも負けじと怒鳴り散らしてたらさ、気が付いたら「オレ」になってた。

そういう奴らもこっちが折れないってわかると変になついてきてさ、逆にボディーガード気取りで店に来たらちゃんと金を落とすから変な話だよね。

閉店した新宿二丁目の深夜食堂クインのりっちゃん

ーーそんな時代や状況の中での子育ては大変だったのではないでしょうか?

娘が2人だけどさ、生まれたばかりの頃は3時間おきにおしめを変えなくちゃいけないから、そりゃ1年くらい子守のアルバイトを雇ってたね。でもその後は自分で世話もしたよ。

実はオレPTAの会長もやってたんだよ。オレ自身が仕事も遊びも全力だからさ、子どもにも学校教育だけじゃなくて遊びも家族との時間もしっかり学んでほしくてさ。

ディズニーランドができたときに子どもが行きたいっていうんだけど、休日は混むじゃん。だから校長に「平日、ディズニーランドに行くので休ませます」って報告したらびっくりされて。
堂々と行かなきゃ子どもが友達に自慢できねえし、クレームはオレが引き受けるからとりあえず「おかあさんと行ってきた」って必ず言えって(笑)。

ーーすごく素敵なお母さん像ですね。さぞかし素敵な娘さんに育ったんでしょうね。

今はもう立派な母親になってさ。時々さ、孫の通知表を持って報告に来るんだよ。で、事細かにどう頑張ったかとか説明するわけよ。だからこっちは「面倒くさい前置きはいいから、いくら欲しいんだ」って。

孫娘もさ、欲しいときには堂々と「金よこせ」って言ってくるし、理不尽なことがあると相手にガン飛ばして圧をかけるんだってさ。そういうところは「さすがオレの孫!」って褒めてる。
しっかり自分の筋を通したり、したたかに生きる強さは教えられたかもしれないね。

ーープライベートはどう過ごされていますか?

以前はよく飲みに出かけたし、サウナと麻雀と買い物がルーティンだったけど今は身体が追い付かなくなったからね。仕事でも遊びでもよく飲むからすごい酒飲みだと思っている人も多くてさ、オレが好きなワインとかを差し入れでくれる人も多かったんだよ。

でも実はオレ、家では一切飲まなくてさ。家にいるときはぼーっとしたりテレビ見たりしてゆっくりして、外に出るときはオンとオフを切り替える。

オレが言うのも変なことだけど、「本当の律子」と「クインのりっちゃん」は同じだけど別なんだよ。

クインの閉店について話すりっちゃん

これからのために。りっちゃんから新宿二丁目への最後のメッセージ。

ーー先輩として、これからの新宿二丁目に通う方々に生きるためのアドバイスをお願いします。

テレビや雑誌で紹介されて外国人観光客が増えて、金がない若い子のために新しくただ安いだけがウリのゲイバーができて定着して。
そうすると接客やトークで楽しませてきた普通料金のゲイバーが徐々に潰れて、金を使わないやつらがコンビニで酒を買ってたむろする。今もだけどさ、空き物件には新宿二丁目でなくてもいいその辺にあるチェーン店が入ってきてるだろ。

でもいずれ「金を使わない奴らばかりが集まる街」だと思われたらそういう店もこの街を見放していく。うちみたいな個人経営は特に、一度なくなればもうそれっきり。

クインのママのりっちゃんの顔

昔はさ、今みたいにスマホのアプリもなかっただろ。
ゲイバーで名前も年齢も知らない相手と出会って、最初から全部をさらけ出さないから見た目だけじゃない相手の魅力に惹かれて恋してさ、駆け引きして、バーのママやスタッフの接客や時間を楽しんで。人生の楽しみが溢れた街だった。

若い子がお金がなくてお腹を空かせていたら、オレのところなら安く食わせてやるから、その分はゲイバーやレズビアンバーにちゃんと使いな、ってさ。
今じゃ、相手の顔より先にチンチン、セックスするかしないかだけの関係が主流だろ。

新宿二丁目に人が集まって、みんなで盛り上げてゲイタウンに成長していくのを見てきたから、この先どうなっていくのか、どうしたいのかは次世代がしっかり考えて頑張るしかないと思うよ。

ーー最後に、りっちゃんは自分の生きてきた道が幸せであったこと、そしていつものりっちゃんらしい一言でインタビューを締め括ってくれた。

娘2人に孫4人。長年連れ添った、オレにベタ惚れしてるカジくんもいる。人生は誰でも一本道だろ。苦労も多かったけど、幸せだってのははっきり言える。『クイン』があってよかったと思える。

どう生きていくかなんて自分で決めるしかないからさ、もうオレが教えることはないね。

ーー2003年9月末を持って閉店をした『和食クイン』。53年間、新宿二丁目と様々な人を見てきたりっちゃんの言葉には、我々にも響く、重みのあるアドバイスが多くあったように感じる。
これまでの、そしてこれからのりっちゃんに、チンチ~ン(ビール瓶を栓抜きで叩く音)あれ。

閉店した新宿二丁目の深夜食堂クイン

>>>前編/波乱万丈な半生 はこちら

■加地律子(かじりつこ)/通称・りっちゃん
1945年福岡県生まれ。1963年に上京、23歳で加地孝道さんと結婚。1970年11月新宿五丁目に「喫茶クイン」をオープン。その後、新宿二丁目に移転し「和食クイン」として長年親しまれるランドマークに。多くの常連に惜しまれつつ、2003年9月末を持って閉店した。

※インタビュー中の年号や時代背景は、ご本人の口述をもとに記載させていただいております。

取材・インタビュー/みさおはるき
企画・編集/村上ひろし
撮影/EISUKE
記事掲載/newTOKYO

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