法が整っても消えない差別と偏見。自分らしく生きるために戦うトランスジェンダー少女の青春映画「私はヴァレンティナ」

ーーヴァレンティナの勇気をもった経験を通して見えてくる、我々も抱えている日常の理不尽と問題点。トランスジェンダー、ゲイ、オタク、シングルマザー。すべての「個性的な」人に希望を与えてくれる物語。

今作の舞台となるのは、同性婚の認可やLGBTQ+の権利が保障されているブラジル。学校ではトランスジェンダーは正式な手続きをすれば自身が選んだ「通名」で学校に通うことができる。
しかし、恵まれた法律に守られているように見えて、実際は差別や暴力を理由としたトランスジェンダーの高校中退率は82%、平均寿命は35歳(年間に殺されるトランスジェンダーの人数が世界の3割にあたる)といわれている。

これは様々な理由が挙げられるが、いくら法的にLGBTQ+の人権を認めても、国民の90%が長年同性愛を受け入れる体制がなかったキリスト教徒という価値観の差も大きいとされる。

映画作品でトランスジェンダーが本来の性別として通学するために奮闘したり、転校を機に新たな自分の人生をスタートさせる、という設定は決して目新しいものではない。近年であれば「リトルガール」や「トムボーイ」などが同設定として挙げられる。
しかし、今作では主人公だけではなく、オクテのゲイの恋愛観、未婚のまま出産することを選んだ自立オタク女子など、一般的に偏見の目を向けられがちなキャラクターがヴァレンティナの協力的な仲間として登場し、彼らの青春物語としての一面も描かれている。ついでに言うとヴァレンティナのママも青春しちゃいます。

また、ヴァレンティナに降りかかる差別や偏見(かなりハード)の元となる事件が、ヴァレンティナに性的興味で性的暴力をした同級生だった、という設定が非常に興味深い。
「LGBTQ+は悪」という古典的価値観が先で発生した差別ではなく、あくまでも「自分たちの性犯罪を隠ぺい&正当化するために話題をすり替え、世間を味方につけて責任転嫁する」という構図。

すべての差別がこうした理由だとは言わないけれど、自分の疚しさや罪を隠すためにスケープゴートを吊るし上げる「保身のための意図的な悪意」は日本でもちょくちょく見かけるケースで、攻撃する側に明確な理由があるからこそ和解が難しく、非常に厄介で根深かったりする。

日本でも同性婚やLGBTQ+の人権保障を目指してはいるけれど、もしかしたら将来的にこうした問題に直面するかもしれない…と考えると、必要なのは法律だけではない、という現実も実感させられる。

ヴァレンティナを演じるのは、自身もトランスジェンダーで人気ユーチューバーのティエッサ・ウィンバック。実際にトランスジェンダーに演じてほしいという監督の意向で募集された中から選ばれたとのこと。今作が女優デビュー作となる。

こう書くと重い内容の作品っぽいけれど、ちゃんと救いがあります。難しく考えず、「モテるけどロクな男が寄ってこないヴァレンティナの青春映画」という視点で観るのも正解のひとつです。

ストーリー/クラブで言い寄ってきた男性とキスをするヴァレンティナ。しかし「あいつは男だ」と聞いた男性が暴力を振るう。しかし、ヴァレンティナは怯まず堂々と対抗するのであった。

看護婦である母の転職で、戸籍上の性別を隠し、地方の高校へと転入することになったヴァレンティナ。彼女が戸籍名の「ラウル」ではなく「ヴァレンティナ」の通名を使用する許可を得て正式に転入するためには、連絡が途絶えている父親の署名が必要だった。

新生活早々、いまだキスの経験がないことに悩むゲイのジュリオ、未婚で妊娠中の天才ハッカーのアマンダという個性的な友人に恵まれ、順調な新生活をスタートさせる。

そんな中、ジュリオと共に赴いた年越しパーティーの会場で、ヴァレンティナがうたた寝をしている間に、男子生徒から性的暴力を受けてしまうのだった。それをきっかけにヴァレンティナがトランスジェンダーだという情報が生徒たちのSNSに拡散され、ヴァレンティナはネットでのいじめ被害にあってしまう。

ヴァレンティナと友人たちは、あらゆる手段を使い犯人の男を見つけ出すが、驚くことにその男の家族はトランスジェンダーの学生を学校に転入させてほしくないという陳情書を学校へ提出。さらに、ヴァレンティナは犯人たちによって脅迫され、母と暮らす家に石を投げ込まれるなど直接的な暴力被害を受けてしまう。
しかしヴァレンティナは脅しにも暴力にも屈することなく、理解ある両親や友人、教師たちも立ち上がり、ヴァレンティナの自由と権利のために声を上げる…。

■私はヴァレンティナ
2022年4月1日(金)より新宿武蔵野館ほか全国順次公開ほか
https://www.hark3.com/valentina

配給:ハーク/配給協力:イーチタイム
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記事制作/みさおはるき(newTOKYO)