キャプテンとして学生時代に女子ホッケーを日本一に導いた松瀬里空さんが、選手生活を引退後、性別適合手術を受け、男性としての新たな人生をスタートさせた。
性別を変えれば人生も180度変わる。そんな大きな決断すら未来を紡ぐ選択のひとつにすぎない。「性別を変えられるなら、ライフスタイルを変えることは容易い」と語る松瀬里空さんの、前向きで自分らしく生きるための秘訣とは…。
――幼少期の違和感、様々な経験で気付いた本当の自分。
父、母、歳の離れた兄、姉の5人家族で岐阜で育ちました。髪も長く見た目はごく普通の女の子でしたが、一人称はずっと「僕」。
気持ちは完全に男の子だったので、好んでいたのは男の子の遊びばかり。実はずっとジャニーズに入りたかったんですが、周りの大人や兄弟から「女の子だから無理だよ」と言われたりもしました。
小学校6年生くらいに、胸が大きくなってきたのは相当ショックでした。それまでは男の子っぽく過ごして困るようなこともなかったのに、身体が変化してくると逃げ場がないというか…決定的な出来事でした。
中学生になると周りに合わせて彼氏を作りました。ところがある日、デートで彼氏が手を繋いできた瞬間、彼のゴツゴツした大きな手に対して「負けた」と思ったんです。男性の力強さに対する羨ましさと悔しさで、恋愛どころじゃなくなりました。後から考えてみれば、彼のことは確かに好きは好きだったんですが、恋愛感情ではなく、憧れのよう感情だったんだと思います。
その後、高校で初めて女性とお付き合いをして、本能で猛烈に相手を求める恋愛を経験しました。男性と付き合っている時にはなかった感情を知り、本当の恋愛ってこういうことなんだ!と実感しました。
――家族や仲間へのカミングアウト。そして、理解。
高校から始めたホッケーの推薦で大学に入学しました。毎日がホッケー漬けの生活で、練習に没頭しているといろんな悩みも忘れられたのですが、それ以外の時間は常に性別の違和感がありました。そしてその気持ちは年々大きくなっていきました。
その頃から自身のセクシュアリティと真剣に向き合い始めたことを覚えています。当時付き合っていた彼女が治療のこと、性同一性障害のこと、性別の変更をすれば将来結婚できることなどを積極的に調べてくれたんです。そのお陰で前向きに自分の未来を考えられるようになっていきました。
そして、「自分らしく生きたい!」という思いが次第に大きくなり、周りの人たちにカミングアウトすることを決意しました。もちろん「嫌われるかも?」という不安はありましたが、実際はみんなの反応は良くスムーズに受け入れてくれました。本当に嬉しかったし、隠さずに生きられるようになって一気に気持ちが楽になりました。今まで苦しかったのは、誰にも言えない辛さだったんだと気付くことができました。
家族へのカミングアウトも同じ頃です。母と姉は「どうして良いか分からないけど応援する」と言ってくれて、兄夫婦は「全然良いじゃん!」とあっけらかんでした。奥さんとはその後は一緒にお酒を飲む仲になりました。
ただ、父だけは別で。「薄々気付いていたので否定はしない」とは言うけれど、それは本心じゃない様子。ホッケーだってキツい練習を重ねて成長するんだから、父にも少しずつ伝えていけばきちんと気持ちは届くと考え、根気強く伝え続けることにしたんです。ほんの少しですが、今では父も僕のことを理解をしてくれるようになったと思います。とはいえ、今でも父とは度々口論になることが多いんですけど(笑)。
――自分で決めた将来の目標。性別変更を決めた理由。
大学卒業後、ホッケーの実業団へ入団したのですが、最初から「5年で引退する」と決めていました。実業団に入ることがゴールではなく、その先のこと(自分の性別について)を考えていたからです。まずホッケー、その後は自分に向き合う。それが僕の進むべき未来だと決めていたんです。
自分の将来をイメージした時に、女性としてではなく男性として生きていきたい、という気持ちがまず最初にありました。そして、男性の自分は何をして生きていくのだろうかと考えると、真っ先に浮かぶのが映像の仕事でした。以前から映像が好きで映像製作に携わる仕事をしたいと思っていたんです。
ホッケーの練習はとてもハードだったし、逃げたいと思ったことも何度もあったけれど、将来の明確なビジョンを持つことで、自分とまっすぐ向き合い実業団ホッケー選手としてしっかり充実した時間を過ごすことができました。
自分が決めた将来との約束も守れないようじゃ、何も成し遂げられない。そう思いながらがむしゃらに過ごしましたね。今でもホッケー時代の苦しい練習は生きる糧になっています。
そしてその後、5年間駆け抜けた選手生活を引退して、ようやくタイで性別適合手術を受けました。
――未来を選ぶのは自分自身、そしてこれから先も。
性別を変え、本当の自分になってからは生きることが楽になりました。
僕は人生において「言霊」を意識しているんですよ。
夢や目標があったらとにかく周りの人に言えば、こだまのように返ってきた言葉に後押しされ自分を鼓舞し、未来につながる道が切り開かれていく。言葉ってそういう使い道もあるんです。 ホッケー選手の時も全国制覇する!と豪語していましたが、言ったからには有言実行しないとカッコ悪いじゃないですか!
今は、性別を変えて男性として生活していますが、女性時代から貫いている生き方のマイルールは変わっていません。
「言霊」を大切にして、自分で決めた「自分との約束」を守ること。
幼い頃に憧れたジャニーズにはなれなかったけど、大人になって思い描いた目標は概ね実現しています。ホッケー選手として活躍できたし、男性にもなれた。そう、未来の「理想の自分」は自分で決められるんです。そして、常にどこにいても戦う相手は他人ではなく自分自身なんです。
性別を変えられるなら、フィールドなんていつでも変えられる。
選ぶのはいつも自分自身。
僕にはまだたくさんの夢と目標があります。
これからも有言実行の未来を歩くつもりです。
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プロフィール/松瀬里空
1992年岐阜県出身。女性として生まれ、学生時代には女子ホッケー選手で日本一。その後実業団ホッケー選手を経て、性別を男性に変更。現在は映像クリエイターとして活躍中。
取材・撮影/井上健斗
記事制作/newTOKYO