2001年、世界初の同性婚が実現したオランダに「COC」と呼ばれる現存する世界最古のLGBTI権利擁護支援団体があることをご存知だろうか。主にLGBTIの社会的受容や法的平等性をさらに高めるための活動を行っており、世界30カ国以上のLGBTI運動の支援に尽力しています。ここ15年の間には中高等学校に該当する教育機関に対しLGBTIの理解促進活動を推進する仕組みづくり、物的支援などのサポートにも力を入れている。
「教育機関におけるLGBTIへの理解促進はトップダウンではなく、ボトムアップにすることで大きく前に進んだ」と話すのは、COC国内プロジェクト・マネージャー、 ヤウケ・ファン・ブーレンさん。
今回はヤウケさんに中高生へLGBTIの理解を浸透させる上で、特に大切だというGSAプログラムについて伺った。
ーーLGBTI当事者とアライで構成された等身大の学生チームが、継続的に機能することで正しい情報が他学生にリーチし、誰にとっても安全な学校を目指す
ーーヤウケさんがCOCの一員として働こうと思ったきっかけを教えてください。
ゲイであることに気づいた14歳の頃からCOCの存在は知ってはいたものの、中高等学校に在籍している期間中はCOCによる授業を受けたことはありませんでした。初めてCOCのメンバーと顔を合わせることになったのは、大学進学後に応用心理学を専攻していた関係でインターンシップのチャンスが巡ってきたとき。COCでは何が行われているのか、そして自分が関わる事でより良い団体になるのではと考え、参加しました。
加入して間もなく、COCの“何かを与えるのではなく学生が主体となって何かに取り組めるようサポートをする”というシステムに感銘を受け、またLGBTI当事者が多く互いに高め合える組織であると感じ、インターンシップ期間を経て正式にCOCのスタッフメンバーとして働き始めました。
ーーCOCは設立からどのような活動をしてきたのでしょうか?
75年の歴史があるCOCが、教育機関への情報提供をスタートさせたのは1970年代。ボランティアメンバーが二人一組となって学校へ訪問し、生徒たちの前でカミングアウトやセクシュアリティに関する経験について45分間の対談を行うことから始まりました。本やデータではなく一人の人間のストーリーというものは価値のあるもので聞き手に大きな印象を与えますが、これだけではLGBTI当事者である学生が安心して暮らせる環境づくりの実現までには至りませんでした。
それから約30年後、2005年頃により多くの学校でLGBTIへの正しい情報をリーチさせるために手法を大きく変え、先生を対象にしたLGBTIティーチングパッケージの無償提供やダイバーシティデーなるものを月一回定めるなどの活動をしたものの、これらの新たな取り組みがうまく機能することはありませんでした。
大きな理由としては、ティーチングパッケージに対して必要性を感じない学校長や先生たちも多く、資料を取り寄せる数が少なかったことや「私たちの学校にはLGBTI当事者の学生はいないから必要ない」といった、学校を運営する立場にある人たちがLGBTIの学生の問題や課題に気づかないことが多く、関心が薄かったことが要因としてあったと考えています。
これらの失敗を経てGSAプログラムを主軸とした活動へと舵を切り、気流に乗り始めたのは2008年のことでした。GSAプログラムとは、各学校でLGBTI当事者の学生とストレートシスジェンダーの学生が設立したLGBTIアライグループのアクションやミーティング、キャンペーンといった様々な活動を、COCが資料提供などの形でサポートし、学内での継続的なLGBTI理解促進を行うプログラムのこと。
2021年現在、オランダの80%の中高等学校にGSAが設立されています。学校の実情や特色を一番理解している学生がボトムアップで活動できる体制を整備することは、学内の環境改善に繋がると期待されています。
ーー同性婚が成立してから20年経った今も残る差別意識をなくすためには、常にチャレンジをしていくことが大切
ーー同性婚が当たり前な存在として育った子ども多い中で、中高等学校を中心に活動を続けている理由を教えてください。
活動を続ける大きな理由としては、同性婚が実現されてから20年経った現在もLGBTIへのいじめや暴力といった差別がなくなっていないこと、そしてそれらが数値として顕著に現れているのが中高等学校へ通っているエイジグループだということです。
とある調査では、ストレートシスジェンダーの若者と比べてLGBTI当事者の若者は、自殺を考える確率が5倍も高いと言われています。学生が一日の大半を過ごす学校という場において他者からの差別的な言動に悩まされるということは、あってはなりません。
世界で初めて同性婚を実現したことは確かに大きな勝利であり、オランダ人として誇りに思えることですが、LGBTIの戦いは終わっていないのが現状です。ゲイカップル、レズビアンカップルがオランダの首都・アムステルダムを手を繋いで歩けるような社会とはまだ遠く、特に有色人種やトランスジェンダー、他国からの亡命者などのマイノリティに対する差別も残っています。
同性婚が導入された直後から、全てが解決したわけではなく、解放活動が終わっていないことが明白でした。例えば、同性カップルの結婚を拒否する自治体職員(オランダでは婚姻を行う人)が存在していました。結婚届を市役所へ提出したところ、同性婚であるがゆえに職員に承認を拒否されたという事案が発生したことで、職員が私的理由で承認を断ることができないよう法改正がされるということもありました。差別をなくしていくためには物事が改善された後に立ちはだかる課題を解消していく、その繰り返しだと思っています。
ーー最後に、今後のCOCの活動について教えてください。
LGBTIコミュニティは今後も少数派のグループとして扱われることが続くと思いますが、社会的弱者の立場にある人々に対する人権が平等に与えられる社会を勝ち取るまで活動は続いていくでしょう。
いつLGBTIを取り巻く環境が悪化してもおかしくはないので、国や地域の保守勢力の動きは注視していきたいです。COCだけでは未来のオランダが行先を決めていくことはできないですが、目指す社会に変えていくための大きな力になると信じています。
◆ オランダLGBTI権利団体 COC
1946年にオランダで設立された現存する世界最古の LGBTI権利擁護支援団体。近年では政府の協力のもと、教育現場を中心とした取り組みをはじめ、LGBTIの人々との連帯を示す ”Purple Friday”活動や、中高等学校に該当する教育機関に対してGSA Networkという全国的な教育とエンパワメントプログラムを実践。若年層の当事者やアライ (LGBTIの理解者・支援者)が主体となって、活動を推進する仕組みづくりや物的支援を行っている。
写真提供/COC
取材・インタビュー/芳賀たかし
制作/newTOKYO