古くからゲイにとって人気のリゾート地として知られる、ニューヨーク州ロングアイランド南岸に実在する島ファイアー・アイランド。ここを舞台にしたゲイの友情と恋愛を描いた映画『ファイアー・アイランド』が、Disney+(ディズニープラス)」のコンテンツブランド「スター」にて、現在独占配信中。
作家ジェーン・オースティンの最高傑作の小説「高慢と偏見」からインスピレーションを受けた、クィアであることとロマンスが交錯する現代の青春ラブコメは、リアルゲイのあけすけな演出が多く、当事者なら等身大の自分を重ねられるシーンばかりが揃う。
今回はどのような経緯で作品が出来上がったのか、またこの映画を通して伝えたいことなどを、主人公・ノア役を演じ、本作の脚本と製作を手掛けたコメディアン兼脚本家のジョエル・キム・ブースター氏と、ノアの親友・ハウイー役としてW主演を飾ったボーウェン・ヤン氏にお話をうかがった。
主演・脚本を務めた、ジョエル・キム・ブースターが語る、「高慢と偏見」の理由とは?
——これまで男女設定の『高慢と偏見』は何度もドラマや映画にされたけど、まさかゲイ設定とは。意外だけど、めちゃくちゃハマったストーリーでした。このアイデアはどうやって思いついたんですか?
この物語のアイデアを思いついたのは、2016年。僕とボーウェンが一緒にファイアー・アイランドに行ったときだよ。僕ら2人ともあそこに行くのは初めてでね。なにを見ても新鮮だったんだけど、ビーチで読書をしているときに気づいたことがあった。その本はジェーン・オースティンの『高慢と偏見』だったんだけど、そこに書かれていることと、ファイアー・アイランドで経験していることがすごく似ていたんだよね。
特に階級社会について描いているところが、今のゲイの人たちのコミュニケーションを彷彿とするんだ。というのも、今のゲイのみんなは、表面上は各々の身分やステイタスを気にしないで、誰とでもしゃべるように見えるけど、内心はそうでもないでしょ。そういうところが、『高慢と偏見』にも感じられたんだよね。
ゲイに限らずLGBTQ+の人たちは、みんな毎日、ノンケ社会と自分らしくいられる僕らのコミュニティの間を行ったり来たりして、正直それは重荷だと思ってる。でもファイアー・アイランドのような場所があるってだけで、心の重荷がちょっと軽くなるんだよね。そういう場所にいると、普段は表には出さない嫌なところも出ちゃうだろうし、素をさらしてしまうこともあるでしょ。
特に僕やボーウェンはアジア系アメリカ人だから、普段から過小評価されることはしばしばあるし、ファイアー・アイランドのようなゲイパラダイスだと疎外感を感じるときもあったんだよね……。
だってさ、僕やボーウェンはそういうところにいくと、映画の中と同じように白人がマジョリティの中にいるマイノリティになっちゃう。表向きはLGBTQ+のため、クィアコミュニティのため、とか言ってるけど、結局中心にいるのは多数派の白人男性。気にしないって言ってもウソになるよね(笑)。
——舞台設定がファイアー・アイランド(『ノーマル・ハート』など東海岸ゲイが主人公の映画にしばしば使われているゲイリゾート)とうのも実話だったからなんですね。カリフォルニアのパームスプリングスでもできそうだけど、そこは悩まなかった?
東のファイアー・アイランド、西のパームスプリングスだよね(笑)。
たしかにどちらもゲイリゾートとして長年知られている場所なんだけど、全く違う雰囲気なんだ。パームスプリングスはちゃんとした街で、車がないと動けないし、道路は舗装されているし、携帯電話も通じる。
だけどファイアー・アイランドは車が通るような道はないし、そもそも車が通ってないし、携帯電話もうまく通じないんだよ。ぶっちゃけファイアー・アイランドみたいな場所が、2020年代にも残っているってのが不思議なくらい。
——これほどLGBTQ+コミュニティ、特にゲイカルチャー丸出し、しかもアジア系やヒスパニック系などマイノリティの中のマイノリティを主人公にした企画を実現するのは難しいことだったかと思いますが。
ほんと、そのとおり。すごく大変だったんだよね。
でも、この映画を製作したスタジオ(サーチライト・ピクチャーズとHulu)は、クリステン・スチュワート主演の『ハピエスト・ホリデー 私たちのカミングアウト』で大成功を収めたことで、このテーマでも配信映画はイケる、と判断してくれたんだ。
この作品は、アジア系アメリカ人のゲイが主人公だから、コアターゲットはとてもニッチだと思う。でも、配信作品は劇場公開映画のように観客層にこだわることなく、自由に作ることができるし、興行成績を気にすることない利点があるんだよ。プレッシャーから解放されたところで作ることができたことも、この作品に影響していると思うよ。
——劇中、一番素肌をさらしているのはあなただったけど、あのバッキバキの体は映画のために作ったの? また他に何か特別な芝居の指示や指導はあった?
ははは(笑)。そうだよね。僕が一番服を脱いでるシーンが多いかも。
元々僕はフィットネスは大好きで、ずっと自分でトレーニングをしてるんだ。だけど、この映画のための準備は特別。だって、初めての大作映画だし、脱いでるシーンが多いし……。ということで、マーベル映画に出る俳優たちのような過酷なトレーニングを重ねたんだ。
ちなみにボーウェンは元々友だちだし、監督も共演者もみんな知った仲だったから、芝居に際して特別な指示は何もなかったんだ。だって、キャストが経験してきたことそのままを掘り下げて、芝居するだけだったからね。とても素晴らしい経験だったよ。
——余談ですが、あなたがコメディ・セントラル(アメリカのコメディ専門チャンネル)でスタンダップ・コメディをやっている動画を観たら、田亀源五郎さんのイラストのTシャツを着てたんだけど、もしかしてファン?
んも〜大ファンですよ! 田亀さんの作品を知ってからというもの、英語翻訳されたものは全て読みあさってるんだ。彼に会ったら僕が超ファンだってこと伝えておいて!!
W主演、ボーウェン・ヤンが振り返る、ユニークな演出と映画の役を通して感じたこととは?
——初主演映画がお友達のジョエルの脚本で、W主演をできたなんて、すごいですよね。
ジョエルに大感謝だよ。だって、この物語は『高慢と偏見』をベースにしているとはいえ、各キャラクターはほぼ僕らの当て書きみたいなものだから、とにかく光栄なこと。
それに僕が『高慢と偏見』のジェーン(主人公の姉で、5人姉妹中一番温和で素直なキャラ)にあたる役だよ! ジョエルが僕のことを「必要とされる存在」や「親切で優しい人」って捉えてくれていたんだ、と思ったら本当にうれしくて。それにジョエルが演じたノアは『高慢と偏見』におけるエリザベスにあたるキャラクターだけど、彼も実際にそんなキャラクターでね。すごく有能でウィットに富んでいるところが、ノアの役に活かされていたから、一緒に演じていてラクな気持ちだったよ。
——あなたはコメディアンとしては超一流の仕事をしているけど、映画俳優としてのキャリアはこれがスタートライン。どういう苦労があった?
そうそう! 映画での本格的な芝居はやったことがなかったから、すごく困ったんだよね。じゃ、どこから手をつけるか、って考えたら、いつもやっている演技やコメディへのアプローチを変えるところが最初じゃない? って気づいたんだ。
例えば『サタデーナイト・ライブ』は、5分間集中してパフォーマンスすれば終わり。あとは何も考えないでOKって感じなんだけど、この作品は6週間ずっと集中してないとダメ。不安しかないよね。でも、じっくり自分を見つめ直すチャンスだし、それが芝居の準備になるって気づいてからは安心して取り組むことができたよ。
——ハウイーはものすごくいいキャラクターだけど、あなたと共通することは?
ハウイーは僕に似ているところもあるんだけど、やっぱり違うんだよね。
ロマンティックすぎるところとか、自分と同じような熱量で愛されないと気がすまないところとか、内向的なところとか、そういうところは「そうか、こういう人もいるよね」と参考になりました。きっとハウイーは人とつながっていたいという純粋な気持ちを持っているだけで、それがロマンスとなるとちょっとバグっちゃうんだろうね。
——こういう時代だからこそ、こういうラブコメは必要ですよね。
そうそう。お笑いって人生には必要不可欠なことだから。この2年ちょっと、世界中が非常に難しい状況になっているでしょ。コメディってのは、人が難しい局面に挑んでいるときに、ちょっとしたアイデアをもたらしたり、気持ちをやわらげる効果があると思うんだ。『高慢と偏見』は100年以上愛されている名著だけど、この作品はその古典的な雰囲気に、現代のセンスとお笑いを詰め込んだところが新しくて面白いチャレンジだったと思うよ。
——一番好きなシーンは、後半部であなたがブリトニー・スピアーズのカラオケをするところなんだけど。
ちょ……! あのシーン、僕もすごい好きなんだよ。スタジオで録音したものじゃなくて、現場でイヤモニをつけて本当に歌ったんだけど、7テイクくらいしたかな。じつは選曲でちょっと難航したんだよね。監督やジョエルが話し合ってたところに僕もいたんだけど、そこで僕が5曲くらいをリスト出ししたんだ。それで一番に選ばれたのがブリトニー・スピアーズの「Someday (I Will Understand)」だったんだ。すごくあのシーンに合ってるし、なによりブリトニー大好きだから嬉しかったね。
あのシーンは、最初は緊張していてるけど、曲の途中で友だちがステージに上って一緒にいてくれることがわかってからは、どんどん力強い歌唱になっていくように演出してるんだけど、この作品自体の要約のようなシーンだと思ってるんだ。
●ジョエル・キム・ブースター(画像真ん中)
オープンリーゲイの俳優、作家。1988年2月29日 大韓民国・済州島生まれ。アメリカ人夫婦の養子となり、イリノイ州で育つ。大学卒業後、シカゴでコピーライターのかたわら、スタンダップコメディアン&作家として活動開始。2016年のTV番組出演を機に一気に知名度を上げ、コメディアン、俳優として活躍。本作では長編映画として初プロデュース兼脚本を務めた。
●ボーウェン・ヤン(画像一番右)
オープンリーゲイの俳優、作家。1990年11月6日 オーストラリア・ブリスベン生まれ。幼少期に家族とともにカナダ・モントリオールに移住。大学進学のためニューヨーク大学に移り、アメリカでWebデザイナーを務めるかたわら、Podcastでコメディアンとしての人気を得る。2018年、『サタデーナイト・ライブ』の作家として第44シーズンを担当、第45シーズンではメインキャストに抜擢。2021年のエミー賞では助演男優賞にノミネート、2022年には「Time」誌恒例企画「世界でもっとも影響力のある100人」の1人に選出された。
ストーリー/ファイアー・アイランドを舞台に、主人公のノアと仲間たちが、安酒でのパーティー、ダンスチャレンジ、カラオケなどお祭り騒ぎの中、運命的な出会い、ショッキングな失恋、素直になれないもどかしさ、仲間との友情を通して、ありきたりだけど忘れられない思い出となっていく日々を繊細に描き出す。ノアと親友のハウイーら仲間たちの恒例行事は、ファイアー・アイランドで夏休みを共に過ごすこと。しかし、到着したのも束の間、休暇を過ごす友人エリンの家は今年で売却されることが決まり、思いがけず今年がファイアー・アイランドで一緒に過ごす最後の夏となってしまう。最後の夏を最高の思い出にすべく、ノアたちはハウイーが理想の相手に出会えるように手助けをすることを決意する。ハウイーが医師のチャーリーと意気投合する一方で、ノアはいけ好かない金持ちグループにいるウィルのことを気になり始めるが……。
■ファイヤー・アイランド
ディズニープラス「スター」にて独占配信中
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取材・インタビュー/よしひろまさみち
記事掲載/newTOKYO