24歳で、ゲイで、画家で。孤独を描き留める武内雄大について

2022年7月に初となる個展「贔屓する日光」を開催し、画家としてのキャリアを本格的にスタートさせた武内雄大さん。孤独や停滞、社会への皮肉、ゲイセクシュアルの日常などを収めた作品は、観る者がマイノリティであることを自覚しているほど、引き込まれる魅力がある。

2024年11月に実家を離れて一人暮らしをスタート、作品に対する評価も着実に重ね転換期を迎えている今、彼は何を思っているのだろう。

怪我を機にサッカーの道から、
画家の道へ

ーー幼い時から絵を描くことには、馴染みがあったのでしょうか。

幼少期から絵を描くことも映画を観ることも大好きでした。小学生になってからは図画工作や美術の成績が良く、修学旅行のしおりの絵を担当したり、絵画コンクールに出す作品にも選ばれたりしていました。周囲には絵が上手な生徒というイメージは持たれていたと思います。

ただ、同時にサッカーにも夢中だったので中学、高校とサッカー部へ入部して、絵はそのほかの余った時間で描くという感じでした。

ーーそこから、どのようにして画家の道を歩み始めたのでしょう。

高校一年生の時に怪我をしてしまって。それを知った美術の先生から「美術部の活動に参加してみない?」と声をかけてもらったことがきっかけとしては大きいです。描き始めると美術部の生徒や先生からは評価を得られましたが、コンクールで評価されることはありませんでしたね。

当時から自分自身を描くことが多くて、その頃から今にも通ずる明確なテーマを持っていました。大規模なコンクールに出した作品も、怪我をして治療用装具をつけた自分が映った窓を描いた油絵でした。

ーーそれでも絵を描く道を選んだのは、なぜですか。

今考えると、消去法だったと思うんです。皆ができることが全然できなくて、どの大学にも進学したくなくて。それで、絵なら続けられると思って美大進学を目指したんですけど、ダメでしたね。

ーーダメというのは?

東京藝大に絞って受験をしたんですけど、現役に加えて3浪まで重ねたものの不合格が続いて、諦めたんです。2浪までは美術予備校まで通ったんですけど、最後の受験を終えた時にこれ以上続けたら絵を描くのが嫌いになると思って。

今は作家の活動を軸に時折、子ども絵画教室で先生として絵を描く楽しさを教えています。

画家としてのキャリアを
着実に重ねてきた2年半。
転換期を迎えた今、思うこと

ーー自身を描くことが多いのは理由があるのでしょうか。

いろいろ考えてみたんですけど、絶対自分でないといけない理由はない気がしているんです。頭の中でイメージしている表情やポージングを一番具現化できるのが自分というだけであって。

理想的なモデルさんがいればその方に落とし込んで描きたいし、現にお願いして描かせてもらったこともあるので、自分を描くことに強いこだわりがあるというわけではないです。作品は自分自身をカメラで写真撮影して、それをもとに描いています。

ーー武内さんといえば、現代社会に対する皮肉や孤独など鬱屈とした空気が漂う中にもユーモアを交えた作品が印象的です。

エドワード・ホッパーやアレックス・コルヴィルといった作家が好きなこともあって、少なからず影響を受けています。どちらの作品も日常を切り取っていながら、どこか不穏で胸がざわつくものばかりで。観賞後も違和感が尾を引く作品に魅力を感じるんですよ。なので、自分自身も他人の些細な行動や日常で目にした出来事からインスピレーションを受けて作品に反映させることが多いです。

ーー個展開催やSNSでのドローイング作品投稿が話題になる度、他者からの評価は意識しますか。

SNSでの評価はほとんど気にしたことはないですけど、作品が購入されたり、お会いした方々からのフィードバックは自信に繋がりますよね。

特に高校時代から描き続けてきた油絵から一転して、鉛筆と透明水彩とニスを用いた「nine」を発表した時に感じた反響や手応え、公募での評価は、私の作家人生における一つの分岐点になった気がします。

ーー昨年11月から一人暮らしを始めて、製作環境においても転換期を迎えていると思いますが、モチベーションはどうですか。

これからどう変わっていくのか楽しみでもあるし、不安でもあります。今のところはお金を稼がないといけないという気持ちがモチベーションとして機能しています。やっぱり家賃を払えないと、どうにもならないじゃないですか。かといって、画材費をケチったり、大衆ウケを狙ったりだけはしたくなくて。挑戦的かつ満足がいく作品を描き続けていきたいです。

軌道に乗ってきた感覚はしっかりと感じているし、日々思ったこと、モヤモヤしたこと、それを絵としてアウトプットすることが僕自身、健康的な生活を送る上で必要不可欠なことなんですよ。

描く時間も10時~13時、 16時~19時、20~23時と決めて、枚数もドローイングは毎月25枚、同時並行でタブローを3枚程度仕上げることをノルマに、自分自身を管理しながら制作をしています。

ーー22歳でアーティスト活動を始めて現在24歳ということですが、企業勤めしている同世代と比べてしまう瞬間みたいなことはありますか。

受験期はもちろん、活動を始めて間も無い頃はめちゃめちゃ比べてましたね。皆は働き始めてるのに対して自分は絵を描いているという現実がある一方で、年齢は平等に重ねていく怖さというか。

その経験が作品に強く反映されている時期もありましたが、評価を受ける機会が増えつつある今は比べることは少なくなりました。

ーー作品「chew and swallow 」 のステートメント内で父親にゲイであることを拒絶された旨が記されていました。その後、絵を介した家族とのコミュニケーションなどはありましたか。

一年前ぐらいまでは母から「絵が趣味として向き合って、働いた方がいいんじゃない?」と言われていたんですが、一人暮らしができるまで経済的に自立できたことを示せたことで、今は応援してくれていますね。母は初個展の時も足を運んでくれて、すごい嬉しくて。「次はこんな個展があって…」と、活動を通して近況報告ができているというか。

父とはゲイであることがバレてしまってからはほとんど会話していないので、何を思っているかは分からないですけど、正直知りたい気持ちはあります。サッカーをやりたいと言った時も、美大に行きたいと行った時も応援してくれたのは父だったので。僕が今、絵を描いていることもきっと応援してくれていると思います。

ーー1月9日(木曜)からは個展が始まりますが、今後の活動について教えてください。

近々で言うと2025年一発目の個展となる、さいたま市浦和区の不動産会社とギャラリーが共同企画する展示「交差点でこんにちは」では新作のタブローも展示するので、一人でも多くの方に観ていただけたら嬉しいですね。

あとは今まで都内で展示することが多かったので、日本各地、ゆくゆくは海外での展示も行いたいです。アーティストとして絵を描き続けて、友達や好きな人に囲まれて、大きな一軒家に住んで、お金がいっぱいあって…僕が思う幸せを全て実現させるために絵と向き合っていきます。

◆武内雄大
Instagram@yudai_take
美術予備校に2年半通った後、作家活動を開始。現在は油絵など、主に平面作品を制作・発表している。黒を陰影として用いるだけでなく、自律的な存在として描いたり、象徴的な構図をとることで制作のテーマである「時間」を表現しようと試みている。またそういった黒を人体や作者の個人的な場面と構成することで「歳をとること」というテーマに発展させている。

◆個展「交差点でこんにちは ONVO SALON×Gallery Pepin #01 武内雄大」
会場:ONVO SALON URAWA(さいたま市浦和区仲町1-10-7 尾張屋第一ビル5F) 
会期:2025.1.9(木曜)~2.27(木曜)
開場:10:00~18:00
閉場:水曜休

写真/武内雄大
取材・文/芳賀たかし
記事制作/newTOKYO

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