【第5回/ゲイカルチャーの未来】世界各国で賞賛されるジャパニーズ・ゲイ・アートの巨人/田亀源五郎インタビュー

昭和から平成、そして令和にかけて50年近く、ゲイメディアの主流として様々な情報や出会いを発信し続けてきた商業ゲイ雑誌。昨年1月末に不動の人気を博した『バディ』が休刊し、今年4月には最後の砦であった『サムソン』も休刊。日本の商業ゲイ雑誌の歴史に幕を下ろした。

時代を遡ること26年前、バディが創刊された頃はまだ、一般のゲイ読者が雑誌に顔出しで登場する時代ではなく、当事者たちにとってもゲイコミュニティはミステリアスで、知らないことだらけだった。そして、現在はインターネットが主流となりカミングアウトする人が増え、SNSや動画配信でもゲイ個人が自分の個性を活かして大きな影響を生み出している。

「ゲイメディア」=「ゲイ雑誌」という単純で分かりやすかった時代が終わり、商業ベースのマスメディアから、個人が情報を発信するインフルエンサーへと時代が移り行く過渡期の今、伝説的ゲイ雑誌を創った4人が語るこれからを担うゲイに託す未来への希望。そして、日本のLGBT文化を支え続ける7人の瞳に映るゲイカルチャーの未来を届ける全11回のインタビュー特集をお届け。

ゲイアートの巨匠の漫画家の田亀源五郎

第5回目となる今回は、長年、ゲイ雑誌を中心に卓越した物語の文学性とハードな性描写を両立させた作品を発表。そのクオリティの高さから、一般誌へと活躍の場を広げ、日本を代表するゲイ・エロティック・アーティストとして世界的に評価されている巨匠・田亀源五郎さん。時代と共に移り変わるゲイコミュニティの未来と、これからについての想いを伺った。

* * * * *

──漫画に影響を受けた世代がゲイ雑誌に登場した80年代。

私が「田亀源五郎」のペンネームでゲイ雑誌デビューしたのは1986年なのですが、実はその数年前から別名義で、男性同性愛作品を扱った女性向け雑誌の『小説 June』(創刊当初はゲイ雑誌『さぶ』と同じサン出版社から刊行)で漫画を掲載したり、ゲイ雑誌『アドン』や『薔薇族』でイラストを描いていました。80年代は各ゲイ雑誌の第一線で活躍していた三島剛さん、木村べんさん、長谷川サダオさん、武内条二さんの確立された男らしいイラストに影響を受けた人は多かったと思います。その流れとはまた別に、漫画の影響を受けたゲイの作家さんが徐々に増えてきた時期でもありました。ただ、失礼な発言かもしれませんが、私がデビューした頃のゲイ漫画作品は雑誌のメインコンテンツになるようなクオリティのものはほとんどなかったと思います。

今のペンネームで私がデビューするほんの少し前に『さぶ』で先に漫画家デビューしたのが高畠次郎君なのですが、当時の『さぶ』にはほとんど漫画の掲載がなかったため、「あ、さぶってゲイ雑誌だけど漫画もOKなんだ」という感じで、私も活動の場をさぶに移して漫画を描くようになりました。その後しばらくしてデビューしたのが戎橋政造君です。

──記号化された筋肉の確立でガチムチコミックが急増!?

これは私の推測ですが、私たちがデビューした80年代にガチムチ系のゲイコミックが少なかったのは需要がなかったのではなく、描きたくても上手く筋肉を描ける人が少なかったからだと思います。当時は一般コミック雑誌のプロの劇画ですら筋肉の描き方がものすごく適当で、上手く筋肉を絵に落とし込めていなかったんです。漫画というのは基本的に記号で描くものなので、よほどの才能がない限り、真似するお手本がなければ上達しないんです。

それが、80年代後半から90年代にかけて鳥山明さんが活躍して無駄を省略した線で筋肉を描き、格闘ゲームがマッチョを単純な線で表現するために筋肉の線を記号化した結果、90年代に入って続々と漫画を描くゲイ作家が急増したのだと思います。

漫画家の田亀源五郎のマンガ

画像左から/アクションコミックスで連載した『僕らの色彩』(全3巻)、『弟の夫』(全4巻)、NHKプレミアムドラマ『弟の夫』DVD

──表現の場は変わってもゲイアートは無くならない。

私の世代では自分の絵を他人に見てもらうにはゲイ雑誌にハガキで投稿するなど限られた手段しかありませんでした。また、共通体験として「誰もが買ったことがある」ゲイ雑誌に作品を発表することで多くのゲイの目に留まり「あの漫画!あの小説!」と盛り上がることができました。
現在はツイッターでリツイートされれば、瞬く間に多くの人に作品を発信することができます。それはとても面白いことだと思うのですが、ハードルが下がった分、これから活躍する作家さんたちは自分に厳しくなければ成功が難しくなったとも言えます。

ゲイがゲイのために描くハードコアポルノを掲載できた商業誌は、唯一ゲイ雑誌だけでしたが、その媒体はすでに役割を終えました。ライトなショタ漫画やラブコメであればBL雑誌に移行するという選択肢もあるけれど、オヤジ同士のゲイハードポルノにその選択肢はありません。ただ、悲観はしていません。作品を発表する手段として同人誌やデジタル販売もあるし、同人誌を直接ゲイショップに卸すルートも確立しています。ただ、その限られたマーケットの先に何があるか、新たなゲイカルチャーが誕生するのか、今は予測できないのが辛いですね。

漫画に限らず、これからのゲイアートがゲイ雑誌というひとつの表現の場を利用できなくなる今後は、さらに発表の場を開拓していく必要もあります。例えば一般の場で個展を行うにはギャラリーを借りる資金が必要で、売れなければ赤字になってしまう。東京や地方都市であればアート作品を展示してくれるバーや、スペースを提供してくれるコミュニティセンターがあるのでリスクを抑えた個展もやろうと思えばできる。性感染症予防を呼びかけているコミュニティセンターであれば、LBGT当事者を呼び込んでくれる個展の開催には快く協力してくれると思います。
これからどんなふうにゲイコミュニティが変化してゲイカルチャーに影響を与えていくのか、分からないからこそ期待もしています。

■ 田亀源五郎/たがめげんごろう
漫画家、ゲイ・エロティック・アーティスト。1986年ゲイ雑誌さぶで小説&漫画デビュー。1994年よりバディと薔薇族で漫画連載を開始。1995年創刊のG-men創刊メンバー。2018年「弟の夫」でアメリカの第30回アイズナー賞最優秀アジア作品賞を受賞。
http://www.tagame.org
■ Twitter@tagagen

取材・インタビュー/みさおはるき
編集/村上ひろし
写真/EISUKE
記事制作/newTOKYO

※このインタビューは、月刊バディ2019年3月号(2019年1月21日発行)に掲載された「ゲイカルチャーの未来へ/FUTURE:From GAY CULTURE」を再編集してお届けしております。