“ゲイかもしれない”ろう者の青年を中心に、甘くてつらい四角関係を描く。今井ミカ監督が映画「ジンジャーミルク」を制作するまで。

ろう者でノンバイナリーを公言している映画監督・今井ミカさんが2021年に制作した映画『ジンジャーミルク』が、各映画賞でノミネート、受賞するなど話題を呼んでいる。

ーー舞台はコロナ禍で生活が一変してしまった、2020年の日本。ろう者で「ゲイかもしれない」と自分を疑う健斗と同じくろう者の玲衣、健聴者の淳とあすかの大学生4人はオンラインで交流を深めていく一方で、恋愛観や価値観、文化の違いにより、ぞれぞれの思いが複雑に交差していき……。

監督の今井さんに『ジンジャーミルク』制作に込めた想いと、映画監督になるまでの道のりを伺った。

ーーマイノリティと言われ生きてきた、今井監督自身を投影させた最新作『ジンジャーミルク』

制作経緯としては、ろう者や難聴者が学びを深められるよう、さまざまな分野で活躍している人たちとの協働を進め、ろう者当事者から創発する芸術をより育てていくという「育成×手話×芸術プロジェクト」からお声がけいただいたことが始まりです。

そのため出演者やスタッフのほとんどが、ろう者やコーダ(ろう者を親に持つ聞こえる子ども、Children of Deaf Adultsの略称)で、手話を第一言語として制作が進められました。

もちろん、聴者の言語は日本語なので、日本語と日本手話を通訳者を通してやりとりする場合がありました。手話はろう者同士が使う言語だから聴者には関係ないとか、あるいは何か特別なことのように捉えるのではなく、例えば日本語と英語を通訳するのと同じように、自分達の周りにある言語の一つとして捉えてもらうきっかけになれば嬉しいですね。

今回の映画制作は異文化がテーマでもあります。現場ではろう者のスタッフがほとんどですが、一緒に関わる聴者スタッフも異文化を尊重し合いながら制作を進めて行き、このジンジャーミルクを完成させたことも面白い部分だと思っています。

作品そして私自身に通ずることでもあるのですが、目で生きることが当然で、ろう者を選んで生まれてきたわけではないし、ただそう生まれてきたというだけのこと。マジョリティの方と出会って、自分は「ろう者」だというアイデンティティが生まれる。ごく普通なことだと思うんですよね。同じことはLGBTQにも言えます。社会の基準にある「ふつう」という価値観を変えていくきっかけになればと思います。

本作の中心人物である健斗は、ろう者で自分自身を「ゲイかもしれない」と疑い始める大学生。私はろう者でノンバイナリーなので、社会的に言えばマイノリティという立場に立って生きてきたと感じているのですが、その中で抱いた気持ちや疑問を、彼や作品に投影させたヒューマンドラマになっています。

様々な恋愛観や異文化、価値観に触れていくことで、自分を知っていく、あるいは自分とは何者なのかを自問自答する4人の心の揺らぎに注目していただけたらと思ってます。

ーーステレオタイプからの脱却。当事者を迎え入れ、リアルとの乖離がないものづくりへ。

幼い時から映画、特に洋画が好きで弟と一緒に観ていました。洋画が好きだった理由としては、ストーリーが明快で視覚的に分かりやすかったから。当時はテレビの字幕機能もなかったので、想像で楽しんでいた部分が大きかったですね。元々ものづくりが好きだったのもあり、幼少期より映像制作へ興味を抱くようになりました。

横浜で開催された「聾ろうロウ デフアートフェスティバル」という、ろう者としての芸術を模索する芸術祭に映像作品を応募して最優秀賞をいただいたのが高校生の時。その際にアメリカ人、そして日本人で映画監督として活躍するろう者の方とお会いすることができて、映画監督になりたいという強い気持ちを改めて持つことができました。

それまでは、映画監督という職業は聞こえる人の職業だと思っていて、ろう者の映画監督としてのロールモデルを知る機会がなかったんです。卒業後は会社員として働くことが当たり前であって今後、映画を制作することはできないと感じていた私にとって、道が大きく拓かれた瞬間でもありました。

そして聴者やろう者、LGBTQ、いろいろなアイデンティティを持つ人が監督や俳優、エキストラなどそれぞれの持ち場で活躍し、ひとつのものをつくる時代が当たり前になればいいですね。そうすればマイノリティと言われる当事者が作品を観たとしても、違和感を抱くことなく世界観に没頭できるものが増えて、いいと思いませんか?

なにも、作品に社会的マイノリティと言われる立場である人を必ず出してほしいというわけではありません。携わる人たちが違和感なく混ざり合っている環境って素敵じゃないですか。まだまだ、人をカテゴライズする時代が終わったわけではありませんが、マイノリティという立場である人が積極的に表に出られる世の中がくるように映像を通して、貢献できたらと思っています。

『ジンジャーミルク』は、自分のアイデンティティとは何なのか、改めて考える機会を与える作品になっていると思います。同じ日本人であっても言語が違う、文化が違う、価値観が違う人がいる。観終えた後、それぞれが自分を顧みる時間を設けてもらえたら、マイノリティが前に出られる社会へ一歩前進するのではないでしょうか。

■今井ミカ
群馬県出身。第一言語が日本語と異なる言語の日本手話でろう者。2007年、和光大学表現学部に入学し、映像制作を中心に学ぶ。2011年、自身の母語でもある手話を言語学の観点から学ぶために、日本財団の支援を得て香港中文大学の手話言語学&ろう者学研究センターの研究生として留学。お笑い芸人「デフW」「手話で楽しむ 生きものずかん」など、幅広くエンターテインメントをプロデュース、またCMの手話監修など映像制作中心に打ち込んでいる。

■ジンジャーミルク
https://mika-imai.com/film/ginger_milk/
ストーリー/「自分はゲイかも」と玲衣は友人の健斗にカミングアウトされる。2020年4月コロナ禍で緊急事態
宣言が発令され、生活の変化を強いられながらも、大学生活を送るろう者と聴者の4人の姿を描く。彼らの甘くて辛い想いが交差した複雑な四角関係を綴るヒューマンドラマ。

出演:宮岡直紀、玲央、中嶋秀人、岡林愛/監督・脚本・編集:今井ミカ/2021年/日本/日本手話・日本語 /英語字幕・日本語字幕/60分

写真提供/©️2021 「ジンジャーミルク」
取材・文/芳賀たかし 手話通訳/小松智美
記事制作/newTOKO