“男女だけの世界”に閉じ込められたイシヅカユウがファッションモデルとして羽ばたくまで。

トランスジェンダー女性のイシヅカユウ

MTFであることを公表し、ファッションモデルとして活躍するイシヅカユウさん。幼い時からファッションやメイクへ強い興味を示した一方、フォーマルスーツや学ランといった男性的な装いに対しては激しく抵抗心を露わにしたこともあったそうだ。

昨年12月に映画『片袖の魚』(2021年公開予定)にて、トランスジェンダーの役を演じることがアナウンスされると、SNSを中心に大きな話題となった。今回は、そんな多方面から注目を集めつつあるイシヅカユウさんに、現在から幼少期までの自身を振りかえってもらった。

モデルのトランスジェンダー女性のイシヅカユウ

――画一的な校則を重視する学校生活がストレスとなり抜毛症の発症、不登校となった過去を見つめて。

将来の夢はメイクアップアーティスト。そう考えるほど幼い時からメイクが大好きで、お小遣いで買った百均コスメなどを使い友達と“お化粧ごっこ”をよくしていました。何一つ咎めることなく「これ、使う?」と口紅を渡してくれた祖母や、誕生日に『美少女戦士セーラームーン』のスパイラルハートムーンロッドをプレゼントしてくれた両親のことを思うと、「自由な環境で育ててくれていたんだなぁ」とありがたい気持ちになります。その一方で、結婚式に着ていく子ども用のフォーマルスーツが嫌で百貨店で大泣きしたり、裁縫好きの母が縫ってくれたハーフパンツよりも妹のスカートを羨ましがったりと、幼少期から男子として見なされることに抵抗感を示す場面は多かったですね。

通っていた小学校が制服登校だったのですが、それも本当に嫌で。「校則だから」と渋々受け入れていましたが、小学校高学年からは保健体育の授業を男女別で受けるようになる。中学校では男子は学ランを着るこ とが校則として義務付けられていて、宿泊訓練ではお風呂や泊まる部屋は男・女のみの枠組みの中で生活を強いられる。そういった日々の生活で積み重なったストレスが影響して、中学校一年生の時には自ら髪の毛を抜いてしまう抜毛症が悪化し前髪がほとんどない状態に。そして、プツンと糸が切れたように二年生へ進級するタイミングで完全不登校となってしまいました。

モデルでトランスジェンダー女性のイシヅカユウ

その直後、両親同席の上で学校と話し合いの場を設けていただき、自分自身のセクシュアリティをはじめ学校生活を送る上での不自由さなどを全て吐き出したのですが、学校側は「校則だから」「制服は男子用のものを」と理解を示してくれることはありませんでした。両親は私がまだ自分自身のセクシュアリティについてよく理解していない時から、当時は性同一性障害という呼ばれ方が一般的だったトランスジェンダーについて、当事者が執筆した本などを読み理解を深めようとしてくれていただけに、真逆と言って良いほどの回答が返ってきた時は言葉にならなかったです。最終的には母が精神科の権威である先生に学校までお越しいただき性同一性障害についての話を学校側にしていただけるようお願いした結果、ジャージ登校が認められたのですが、一生徒の思いではなく医師の説得で態度を改めたことが納得いかず、卒業まで再び登校することはありませんでした。

勉強自体は嫌いではなかっただけに、学生の本分である学業以外の面で抱いた悩みが膨らんで学ぶ機会を奪われてしまったのは、未だ心残りに感じることの一つです。そういったこともあって選んだ進学先は、開校したばかりだった昼の定時制高校。制服を着る校則がなく私服登校が可能で、先生方が戸籍上男性であるものの女性として学校生活を送ることを了承してくれたおかげで3年間、しっかりと通って卒業することができました。他生徒の中には卒業まで私のことを女性だと思っていた人もいたし、気を遣いその点には触れずに仲良くしてくれたりした人など反応は様々でしたが、友人のほとんどが理解や優しさのある接し方をしてくれたと思っています。

モデルのトランスジェンダーのイシヅカユウ

――幸せの原体験は、コギャルファッション!モデルとして活動をスタートさせたきっかけとは?

卒業後はファッション業界で働く夢を叶えるために服飾の道へ。洋服が起因となり、抑圧された生活を余儀なくされた時間をたくさん過ごしましたが、それと同時に洋服で自分らしさを表現する心地の良さを感じた瞬間も確かにあったんです。小学生だった当時、藤井みほな先生の『GALS!』(渋谷を舞台に女子高生ギャル3人組の青春を描いた少女漫画)に憧れて、しまむらでハイビスカス柄のアイテムや厚底シューズ、ブーツカットのデニム…それから抜毛症でなくなった前髪をカバーするための帽子を貯めたお小遣いで買って。

流石にこの時ばかりは「その格好で外に行くのは…」と家族に止められましたが、気にも止めず地元をふらふら歩いたりしていました(笑)。結局、服飾学校は家庭の諸事情で辞めることになったのですが、そんな自分の「好き」を表現できる、「嫌い」を隠してくれて自信を持たさせてくれたファッションにまつわる原体験が、現在までの道を切り開いてくれたきっかけになっていると思います。

イシヅカユウのカミングアウト

それからモデルとしてファッション業界を目指したのは、地元の美容室で初めてヘアモデルのお仕事を終えた時。なんとなく生きていた私が「あ、これならやれるかも」という気持ちが、ふと湧いてきたんです。何もデザイナーだけが全てではなくてメイクやカメラマン、アートディレクター、モデルなど色々な職種の方が集まり、一つのクリエイションを発信するのがファッション業界なんだということに改めて気づくヒントを与えてくれたというか。実際、モデルとしてのお仕事をいただけるようになってからは特段、ジェンダーやセクシュアリティについて何か言われるということはないですね。

それに、私がMTFであることを承知の上でキャスティングやオーディションのオファーをされるケースがほとんど。何よりもブランドのイメージに合うか否かが最重視される世界なので、その点についてはほとんど意識させられことはありません。ただ私自身、性別適合手術やホルモン治療などは行っておらず、肌の露出が高いアイテムやスイムウェアなどは着用が難しいので、“オファー数“という点では少なからず影響していることはあるかもしれないですね。お仕事の数云々ではなく心や体の準備など諸々整理がつき次第、本来の自分として生きていけるための手術は考えています。

モデルのイシヅカユウ

――俳優として新たな自分に挑んだイシヅカユウさん。トランスジェンダーの役を演じて感じたこととは?

今までLGBTQの役を当事者である俳優が演じる日本の映像作品はほとんど目にしたことがなかっただけに、お話をいただいた時は率直に嬉しい気持ちになりました。もちろん、表舞台に立つ方々がLGBTQであることを公表して活動できる土壌が整っていないだけで、実際にはそのような出来事があったのかもしれないですが、少なからず製作サイドの方々のセクシュアリティに対する考え方が少しずつ前に進んでいるとは感じました。一方、映画のニュースリリースが解禁されると様々な意見が飛び交ったのも事実。

私個人としては当事者性のある人しか当事者の役を演じてはいけないという考えは全くなくて、トランスジェンダーの役をどのようなジェンダー、セクシュアリティの人が演じてもい良いと思っています。なぜなら、演技の根底にあるのは自分以外のものを演じることで自分自身と100%同じ人を演じるということは滅多にないから。

トランスジェンダーのイシヅカユウ

それよりもシスジェンダーの方がシスジェンダーを演じる作品がほとんどの中で、こういった作品が世に生まれたということが社会的にとても意義があると思っていて。ドラマの設定を抜きにして、MTFの方がシスジェンダーの女性を演じるということが普通になったら、素敵じゃないですか。もちろん、その逆があっても良いと思うし、ゲイの方がシスジェンダーを演じることもあって良い。そもそも、セクシュアリティやジェンダーで考えるよう職業ではないのかなと。いずれにせよ作品然り、役者になるための育成環境であったりLGBTQ当事者にとって少しでも間口を広げるきっかけを作る側になれたら、嬉しいです。

今後の目標…前々から海外でお仕事をしたい気持ちは強く持ち続けていたのですが、演技の奥深さを知って、またチャレンジしたいという気持ちは芽生えました。元々、映画や小説が大好きな文系なので(笑)。モデルとしてはコレクションやショー、シューティングなど色々なステージで活躍できるよう挑戦し続けていきたいです。

トランスジェンダーをオープンにする モデルのイシヅカユウ

■ イシヅカユウ
ファッションモデル。静岡県浜松市出身。MTFであることをオープンにしつつ、各アパレルブランドのファッションショーやルックブック、雑誌をはじめ、ミュージックビデオやTV番組のMCなど多岐に渡り活動中。昨年12月、2021年公開予定の映画『片袖の魚』で、トランスジェンダーの主演に抜擢され話題となった。SNSや各メディアでもジェンダー・セクシュアリティにまつわる自身の意見や体験談などを発信するなど、等身大のLGBTQ当事者として注目を集めている。
■ Instagram@yu_ishizuka
■ Twitter@ishizukayu

取材・インタビュー/芳賀たかし
写真/新井雄大
記事制作/newTOKYO
撮影協力/epokhe