水城せとな原作の傑作コミック『窮鼠はチーズの夢を見る』を、繊細な表現力と確かな演出力で数々の名作を世に送り出してきた行定勲監督が実写化。
主人公の会社員・大伴恭一役に大倉忠義、恭一と大学時代に出会って以来、一途に想い続けてきた今ヶ瀬渉役に成田凌を迎え、吉田志織やさとうほなみなど注目の役者陣も名を連ねた。
磁石のように引き合い、時に反発する二人。痛いほどリアルで息を飲むほど美しいシーンとセリフの数々が揺れ動く、狂おしくも切ない恋模様を見事なまでに描き切った本作は、観る人の心に深い余韻を生むだろう。
7年ぶりに再会したふたりの関係は、探偵と調査対象者──。
自分を好きになってくれる女性とのみ受け身の恋愛をしてきた会社員の大伴恭一(大倉忠義)と、そんな彼と初めて話した時から想いを寄せている大学時代の後輩で現在、とある興信所の探偵として働いている今ヶ瀬渉は、奇しくも調査員と調査対象者という形での再会を果たす。
今ヶ瀬は不倫の事実を隠してほしいと懇願する恭一に対して不倫現場を抑えた写真を散らつかせながら、“交換条件”としてホテルへ誘う。「ずっと好きだった」。今ヶ瀬に想いを告げられ戸惑いつつも、妻・知佳子(咲妃みゆ)との生活を守るためキスを受け入れる恭一…。
しかし、恭一は懲りずに不倫相手の瑠璃子(小原徳子)を続け、終いには妻から「付き合っている人がいる」とあっけなく別れを告げられ、独り身に。
独り暮らしを始めた恭一のもとに今ヶ頼が転がり込み始まった、ふたり暮らし。
恭一が新たに一人暮らしを始めた部屋へ今ヶ瀬が転がり込むように突如始まった、ふたり暮らし。流されやすい性格が故に男同士の生活に気楽さを感じる恭一とは反対に、彼の一つひとつの行動が気になってしまう今ヶ瀬。
そんな中、現れたのは恭一が大学時代に付き合っていた元恋人・夏生(さとうほなみ)。彼女はふたりの関係を問いただそうと今ヶ頼を含む、3人での食事へ誘う。
再び恭一へ好意を寄せていた夏生は「私と今ヶ瀬、どっちを持ち帰るのかここで決めて」と問い詰める。強情な夏生に嫌気がさす一方で「お前を選ぶわけにはいかない」と今ヶ瀬を残し、店を出る恭一と夏生。
恭一が帰宅するとそこには今ヶ瀬の姿が。「俺と寝てください。拒まれたら、もう二度と、触らない」。恭一と今ヶ瀬はその夜、初めて激しく求め合うが──。
「流され侍」とあだなされ女性関係がだらしない恭一、そんな彼を狂愛する今ヶ瀬の恋模様が、なぜか愛おしい。
既婚者でありながら、不倫相手に言われるがまま肉体関係を持ってしまう恭一と、感情的でヒステリックを起こすことも珍しくはない今ヶ瀬の恋模様を描いた本作。正直、真面な2人とは言い難いが自己主張の強いゲイと、大抵のことは受け入れてしまうストレートの男性…凹凸で考えると決してハマらないピースというわけではなさそうだ。それにしても、なぜ恭一はヒステリックな一面を持ち自身を狂愛する今ヶ瀬との生活を拒むことなく平静を保っていられるのか。
考えられる理由はひとつ、それ以上の魅力を今ヶ瀬が持っていることに他ならない。情緒不安定なだけあって彼が恭一に求める愛の形は、恋人や愛人、はたまた一時の肉体関係など目紛しく変わっていく。そして自分の思い通りの反応が返ってこないと、度々ヒステリックを起こす…多くの人が恭一の立場であれば面倒くさいことこの上ないと思うだろうが、観客という第三者視点であると、どんな形であっても「好き」という気持ちを幾度となく伝えようとする今ヶ瀬の姿が愛くるしい、そして微笑ましくて仕方がなくなるのだ。
「現実世界」と「映画の世界」。交わることのない距離感だからこそ、今ヶ瀬の人間臭さが心地よい濃さで伝わってきて芽生える感情にも思える。そして、今ヶ瀬と恭一の心の距離に置き換えてみても同じようなことが言えるのかもしれない。機械的とも捉えられる恭一が「静」だとすれば、人間臭く欲望的な今ヶ頼は「動」。正反対に位置する彼との距離感が、恭一にとっては心地よかったのだろう。
クセの強い2人の恋愛模様を深い心理描写で、リアルに描いた本作。観賞後、誰もがきっと、彼らの関係性が愛おしく思えるはず。
■映画:窮鼠はチーズの夢を見る
2020年9月11日(金) 全国公開
原作:水城せとな「窮鼠はチーズの夢を見る」/「俎上の鯉は二度跳ねる」(小学館「フラワーコミックスα」刊)
監督:行定勲 脚本:堀泉杏
出演:大倉忠義、成田凌、吉田志織、さとうほなみ、咲妃みゆ、小原徳子
配給:ファントム・フィルム
©水城せとな・小学館/映画「窮鼠はチーズの夢を見る」製作委員会
https://www.phantom-film.com/kyuso/
記事制作/芳賀たかし(newTOKYO)