「ウケの需要がないならタチになればいいじゃん」
どこか聞き覚えのある耳馴染みのいい響きではあったが、私は共感することはできなかった。
当然のことのように言う友人も、10年前に出会ったときはウケだったはずだ。
華奢な見た目で可愛いと褒め称えられていた友人は、街で見かければ一目でゲイだとわかる風貌へと変化していた。
30代に足を踏み入れた途端、道が大きく2つに分かれた。生涯の相手を見つけて、穏やかな生活を送る道。恋愛を選ばず、ゲイライフを謳歌するように遊びまくる道。
前者の道を歩みたかったが、残念なことにその道に限って一人で歩くことは許されていない。最後にまともに付き合ったのは何年前だろうか。
身なりにはそれなりに気を付けているつもりだ。
会社での女性ウケも悪くない。
ただ身長と年齢のあとに続くポジションが、大きな足枷になっていることを感じていた。アプリで最初に受け取るメッセージは「掘りたいです」から「タチですか?」に変わった。
素直に「ウケです」と答えることができず、いつからか「バニラ派です」と返すようになった。
真面目な出会いを求める同年代や歳上は段々と表示されなくなり、必死に画面をスクロールして見つけた同年代のプロフィールには「秘密厳守で」と書かれている。
それでも求め続け、ようやく可能性のある出会いが訪れた。
3つ年上の彼は美味しいものが好きで、時々一緒に食事に行く。ちょっと優柔不断ではあるが、とても優しい。赤提灯のお店からフレンチまで、月2回ほど仕事終わりに食事をするようになり、そろそろ半年が経とうとしている。
「職場で美味しいワインをもらったんだけど、一緒に飲まない?」
初めて家への誘いを受け、これはきっと告白されるだろうなと思った。美味しいものを食べて、美味しいお酒を飲んで、それを共有する幸せに気付いてしまった。
色よい返事をしようと思った。
彼の部屋は想像よりもはるかにお洒落で整頓されていた。デパ地下で買ってきたお惣菜をしっかりとお皿に移して盛り付ける彼に、なんだか安心感を覚えた。
どのタイミングで告白されるのだろうか。
少し緊張しながら飲み進めていたが、最後のワインを注ぎ終わった今も、一向に告白してくる気配はない。だいぶ酔っていたこともあり、ここは自分から告白しようと気が大きくなった私は、彼の目を見て告白した。
「突然ですけど、よかったら付き合ってくれませんか?」
自分から告白するのは人生で初めてだったが、出来レースのような告白にそれほど緊張はしていなかった。それよりも、この後に待っているであろう久しぶりの行為に頭の中はいっぱいだった。
しかし、「よろしく」とも「是非」とも返ってこない空間は一瞬にして不安を帯び、私から酔いを奪っていった。
「ごめん、実は俺もウケなんだよね」
期待していなかった返事と、そこに添えられた理由に悲しみよりも少しの苛立ちを覚えた。
彼はアプリのポジションを記入する部分を空欄にしていたし、夜の話をしたこともなかったから、もしかしたら、という思いが全くなかったわけではない。
ただ、もし仮にそうだったとしても優しい彼なら譲ってくれるだろうと勝手に思っていた。
――歳上なんだしタチくらいやってくれればいいのに。
いつも苦しめられていた言葉が当たり前のように自分の口から飛び出そうになるのに気付き、慌ててグラスに残っていたワインで体の奥へと流し込んだ。
■〇〇な彼~ミスマッチなふたり~
Twitterやnoteなどで創作・発信をしているショートショートが、度々話題となっているやなの短期連載。毎回、東京のどこかであったかもしれない「僕」と「彼」のミスマッチングな恋をつづる。
文/やな Twitter@ariwara_no
イラスト/内堀深朔 Instagram@minola1216
記事制作/newTOKYO