中村キース・ヘリング美術館開館15周年記念展「混沌と希望」が伝える、アートの持つ意味を探しに。

ーー世界にひとつしかない、美術館。

わずか31年という短い生涯にすべてを表現し、希望と夢を残していった伝説のストリート・アーティスト、キース・ヘリング。
UNIQLOやCOACH、その他様々な有名ブランドともコラボしていることで、そのポップなアートは誰もが一度は見たことがあるだろう。
そんな彼の作品が多数収蔵された世界で唯一の美術館「中村キース・ヘリング美術館」が今年開館15周年を迎え、その記念展「混沌と希望」が2023年5月7日(日)まで開催されている。

今回の展示企画では、開館初年度の展覧会「混沌から希望へ」を再考し、そのコンセプトを紐解きながら、新たな収蔵作品を中心に、コレクションの核となる約150点を一挙に展示。

価値観の多様化が求められる今だからこそ、私たちがどう生きるべきか考え直すヒントをもたらしてくれる内容となっている。

スリー・リトグラフス(ピープル・ラダー)/1985年 ※画像は美術館開館15周年記念としてトートバックにプリントされたもの

「中村キース・ヘリング美術館」は八ヶ岳の美しい自然の中で静かに彼と向き合い、大都市ニューヨークで生まれたヘリングの芸術とそのエネルギーを感じることが出来る美術館として2007年にオープン。

コレクターであり館長を務める中村和男氏が、1987年にニューヨークで《スリー・リトグラフス(ピープル・ラダー)》(人々が肩車してバランスを取っている構図の作品)に出会ったことを機に、ヘリング作品の蒐集を始めた。
シンプルでありながら、ヒューマニティとエネルギーが感じられた作品は、中村氏に「持っていってくれ」と呼びかける熱い交流があったと話し、最初は作品の面白みから興味を示していったそうだ。

ちなみに中村氏の原点ともなった最初のヘリング蒐集作品は、今回の美術館開館15周年のキービジュアルとしても採用されている。

画像下:無題/1982年

ーーヘリングが作品に込めた想い。

1978年、ヒップホップ黎明期だったニューヨークに飛び込んだヘリングは、白人至上主義のアート界とマイノリティが集うアンダーグラウンドのパーティーが交差するこの街に衝撃を受けた。

いつも利用するニューヨークの地下鉄構内の空き広告板を使った《サブウェイ・ドローイング》というチョークによるドローイングを描くことを思いつき、消されては描く日々を約5年間続けたそうだ。
そしていつしかヘリングのドローイングは、シンプルで分かりやすく誰にでも受け入れられ、瞬く間にニューヨーク中にその名が知られることに……。

しかし、わずか5年でスターダムにのし上がったヘリングだったが、世界を飛び回る最中に「エイズ」を発症。未知のウイルスとの戦いの末に31歳という若さでこの世を去った。

エイズ予防啓発、LGBTの認知、核放棄、反アパルトヘイトなど、キース・ヘリングが制作してきたポスターアートの一部

“ART IS FOR EVERYBODY.(アートは大衆のためにある)”ということを提唱し続けたヘリングは、絵画や彫刻にとどまらず、舞台美術、ポスターなどあらゆる媒体で作品を制作。自身が考案したグッズを販売する「ポップショップ」などでは、様々な人が手に取れるようにリーズナブルな価格で販売活動をおこなった。
ときには無償で絵を配ることさえし、エイズ予防啓発、LGBTの認知、核放棄、反アパルトヘイト、病院や孤児院のための作品制作など、様々な問題と向き合う活動を続けてきた。

そして1988年に「エイズ」と診断されると、その翌年にはHIV/エイズに関する啓発活動や子どもへの福祉活動の継続を目的として、キース・へリング財団を創設。1990年にエイズによる合併症で亡くなるまで、アートを通して社会活動に積極的に関わる姿勢を貫いたのだった。

画像上:最後の展覧会のために制作した作品/無題/1988年、画像下:人間の欲望と生への祝福が描かれた新収蔵作品/無題/1984年

ーー開館15周年記念展:混沌と希望が伝えるメッセージ。

現在でも人々を魅了し続けるヘリングが残した底抜けに明るいポップアートの裏には、混沌とする社会への訴えや内なる苦しみ、希望と自由への強い想いが描かれているーー。

そんなヘリングの作品からは、時代がどんなに変わってもその時代にぴったりマッチするヒントが見え隠れしている。また、未だ収束がつかないコロナ・パンデミックやウクライナ侵攻などの社会問題に直面している今、ヘリングが生きた時代のように混沌と秩序、絶望と希望が混在しあっているとも言える。

だからこそこの企画展は、現代社会に対する様々な問題への警鐘を鳴らすとともに、彼の躍動感あふれるアートから、2022年を生きる私たちが、より良い未来・これからの世界と向き合うための手がかりを模索する機会をあたえてくれるのではないだろうか。

画像下:無数の人間が模様のように絡み合った作品(作品の天地の正解は不明)/無題(ピープル)/1985年

館長を務める中村氏はこう語る。
「アートの持つ面白さ、自由度、力は、今の社会問題・環境問題を解決する糸口を持っている。ヘリングの作品にはそれがたくさん散りばめられている。だからこそ、訴えていきたいメッセージや多くの方とコミュニケーションを取っていきたい」とーー。

ヘリングを代表する作品は様々あり、解釈もそれぞれ。無数の人間が天も地もなく、まるで模様のように絡み合い大きな画面を構成する《無題(ピープル)》もそのひとつ。

黒い輪郭線だけで描かれた人々は性別も、年齢も、人種も不明。踊っているのだろうか?争っているのだろうか? 色鮮やかな背景は社会の中で共に生きる、多様な人々の個性を表しているようにも感じらる。ゲイであることを公言していたヘリングの作品は、LGBTQという言葉が存在しなかった時代から現在まで、アートを通じてセクシュアルマイノリティの人々をも勇気づけ続けていることもうかがえる。(公式Twitterより抜粋)

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公式YouTubeアカウント/中村キース・ヘリング美術館 館長中村和男「開館15周年記念展:混沌と希望」について

■中村キース・ヘリング美術館開館15周年記念展:混沌と希望
会期|2023年5月7日(日)まで(定期休館日なし/展示替えなどのため臨時休館する場合があります)
場所|中村キース・ヘリング美術館(〒408-0044 山梨県北杜市小淵沢町10249-7)
https://www.nakamura-haring.com/

★★★隣接する「ホテルキーフォレスト北杜」では、「セックス・アンド・ザ・シティ」や映画「プラダを着た悪魔」などで世界的に知られるスタイリスト、パトリシア・フィールドのアート・コレクション展(第3弾)も開催中。

写真/EISUKE
記事制作/村上ひろし(newTOKYO)

All Keith Haring Artwork ©Keith Haring Foundation
Courtesy of Nakamura Keith Haring Collection.