【アートとゲイカルチャーの旅】“僕達が話さなければならないことは、ストリートにある”ニューヨークのアート・ユニット「scopOphilic」の想い。

ニューヨークのアート・ユニットのscopOphilicのインタビュー
ザ・センター/1870年代に建てられ、かつて小学校として使われた時代も。南北戦争の際、大統領アブラハム・リンカーンがこの建物に立ち寄ったという言い伝えが。

グリニッジ・ビレッジ、13ストリートにある、クラシックな煉瓦造りの「ザ・センター (The Center)」。1980年代からLGBTQの活動や成長のために、様々なサポートを提供してきた歴史的な非営利団体である。

現在も毎週300ものミーティングが開かれ、来館者は6,000人を超える。ミーティングはアルコールやドラッグの問題を抱える人のためのものから、ヌード・ヨガまで様々。館内にはいつも静かな活気があり、建物側の美しい並木の間には数人の若者達が談笑している。

この「ザ・センター」の2階では今年の6月から9月1日まで『クイアー・カット(Queer Cut: Reimagining Queer Collage)』と題したエキシビジョンが行われている。キュレーターはユニークな才能を見つけ出す敏腕として知られるリチャード・モラレス(Richard Morales)である。

scopOphilicの作品
ザ・センター2階にあるキース・ヘリングの大胆なイラストレーションが残るギャラリー(元男性用トイレ)

今回のテーマは「コラージュ」。来館者が身近に作品に接することができるように、ギャラリー展示ではなく、建物内を巡る2階のホールウェイの壁を使ってのエキジビジョンである。作品の間には永蔵コレクションの写真家デイビッド・ラチャペルによる巨大なポートレート作品が展示されていたり、キース・ヘリングのイラストが残るトイレがギャラリーとして開放されていたり、館内を歩くだけでニューヨークとLGBTQの歴史、アートの接点が同時に楽しめる。

今回の参加アーティストは全7名。注目アーティストとしてニューヨーク・タイムズに取り上げられたガブリエル・ガルシア・ローマンやバーレスク・アーティストとしても知られるブリトニー・マルドナドなどの賑やかな顔ぶれに交ざって、クリエイティブ・ユニットscopOphilic(スコポフィリック)による「マイクロ・メッセージ:クイアの視点(Micro Messages_QueerVision) 」と題された小さなプリント作品(約41×51センチメートル)が展示されている。

抑えた色調や作品に漂う独特の優しさから、若手の作品のような印象を受けるかもしれない。だがscopOphilicは、90年台前半から「ACT-UP」や「クィア」活動に携わりながらストリートに数々の作品を残してきた、知る人ぞ知るクリエイティブ・ユニット。

scopOphilicの作品群
ザ・センター:QUEER CUT 出展作/マイクロ・メッセージ:クイアの視点/Micro Messages_QueerVision ScopOphilic(2022)

デジタル・アーティストのCB(cb cooke)と、LGBTQライターとして活躍する傍、アートや映像、音楽など、ジャンルの壁を超えた製作活動をするブルース(Bruce Morrow)が主要メンバーで、二人は80年代にロチェスター工科大学でクラスメートとして出会った。

後に数々のエキジビジョンやグループ・ショーへの参加に加え、1998年から8年間、ローカル・ネットワークで実験的ビデオを流す番組を持っていたことも。その後長期休止を経て、2021年に活動を再開。ニューヨーク中にあるグラフィティなどの「マイクロ・メッセージ」を撮影し、それをコラージュしたイメージや映像作品を各々のtumblrで発表。

反社会的なメッセージを含むことも多い、ラフなグラフィティという素材を扱いながら、scopOphilicの作品の語り口は哲学的で繊細で、ユーモアと優しさがある。一つひとつの作品から伝わってくるのは、彼らの感受性の鋭さと洗練さだ。

scopOtrophic(2022年7月現在)/デジタル・アーティストのCB(左)とLGBTQライターをはじめ、アートや映像など多岐に渡る活動をするブルース(右)

ScopOphilic活動再開とストリート・アートに戻った理由

ーー今回のショーへの参加、おめでとうございます。休止期間を経て、今回活動を再開した理由はなんでしょうか?

ブルース:僕たちは今とても難しい時代に生きているだろう? scopOtrophicの今回のプロジェクトは「マイクロ・メッセージ」について。普段生活の中で交わしているとさえ気づかないような、かすかなメッセージのことを指すんだ。

けれど今のソーシャル・メディアを見てごらん。“マイクロ・アグレッション(相手を差別したり、傷つけたりする意図はないが、知らないうちに相手の心にちょっとした影をおとしてしまうような言動や行動のこと)”で一杯だ。 Twitter、キャンセル・カルチャー、フェイク・ニュース。すべてがマイクロ・アグレッションで溢れてしまっている。そしてこうした、マイクロ・アグレッションが病んだ“マイクロ・メッセージ”を生み出してしまうことがあるんだ。

だから僕らは元祖ソーシャル・メディア・プラットフォーム、ニューヨ ークのストリートに戻ったのさ(笑)。HIV/AIDS、コロナウイルス、ブラック・ライヴズ・マター(黒人に対する警察の暴力行為をきっかけに始まった人種差別に対する抗議運動)。こうした社会問題をストリート・アーティストはいつも取り上げてきたんだ。ストリートやグラフィティは未だに活発な意見交換のための場所。洞窟に残された壁画だって、ストリート・アートだろう?(笑)

僕らが話さなければならないことは、いつだってストリートにあるのさ。それが再び、ストリートにある「マイクロ・メッセージ」を集め、コラージュや映像作品を作りはじめた理由だよ。

マイクロ・メッセージの写真
マイクロ・メッセージ/Micro Messages #1 ScopOphilic(2021)/ブラック・ライヴズ・マターのプロテストでアメリカが揺れる中、制作された復帰第一作。
マイクロ・メッセージ #2/Micro Messages #2 ScopOphilic(2021)/お互いに関係のないメッセージが集められているにもかかわらず、言葉が心に刺さる。
マイクロ・メッセージ #3/Micro Messages #3 ScopOphilic(2021)/「神は・愛し・信じ・想像する」全く異なる場所にあった言葉同士が、コラージュを通して出会い、共鳴して新しい意味を生み出す。

幼少期のアートとの関係について

ーー作品を見ると構図や配色バランスの良さに気づくけれど、二人は子どもの頃からアートに親しんでいたんですか?

CB僕は父親が画家だったこともあって、小さい頃からアート、水彩画やドローイングなどの基礎を学ぶ環境に恵まれていたんだ。

ブルース:僕は教会のバンドに参加したり聖歌隊と一緒に歌ったり、子どもの頃は音楽に触れる機会にもとても恵まれていたんだ。だけど一番好きだったのはアートで、家でも学校でも随分たくさんの時間を費やしたよ。土曜日の朝に学校で授業を受けた後、クリーブランド美術館で人物画を描く授業も受けたりしてね。

高校でもビジュアル・アートを専攻していたから、アート系の大学に入学を考えるのが自然だった。けれど母に、アートはいつでもできるけれど、将来リサーチャーになりたいなら、サイエンスを勉強しておいた方が良いんじゃないかと言われてね。

そこで僕はロチェスター工科大学に行き、分子生物学に焦点を当てた生物学を学んだんだ。でも大学時代の親しい友達はグラフィック・デザイン、木工、ジュエリー作り、陶芸、写真などのアート専攻の連中だった。CBとはそこで出会ったんだ。

地下鉄で眠る人/On The Subway Bruce Morrow(1996~)/QuickTake200を使った作品。人々の無防備な姿とローテクさに、どこかノスタルジックな気分に。

伝説のデジタルカメラQuickTakeとScopOphilicの意外な関係

ーー1997年に結成されたscopOphilic。アップルは翌年にカラフルなiMacを発表してクリエイティブ・シーンを変えたけれど、二人とも工科大学出身だけあってscopOphliicとコンピューターとの関係も深そうだね。

ブルース:もちろん。scopOphliicはそもそもアップルのおかげで始まったんだ(笑)。1996年の話かな、僕はその頃「Teachers & Writers」という非営利団体で働いていたんだけど、そこにアップルからの助成金が回ってきたのさ。

その後にカリフォルニアで開催された「アップル・キャンプ」に参加したんだけれど、本当に素晴らしい経験だった。アップルのデザイン関係者やミュージシャン、マルチメディア・アーティストと協力して、ハイパーカードを使ったマルチメディアのプレゼンテーションをしたよ。

その時、アップルからQuickTakeというデジタル・カメラを貰ったんだ。次に発表されたQuckTake150もゲット、そしてQuickTake200も手に入れたんだけど、それは未だに取ってある。世の中がデジタル・カメラとは何かを知る前に、僕は既にデジタル写真を撮っていたことになるね。

普通のカメラと違って、この奇妙な立方体のカメラで僕が写真を撮っているなんて、誰も気づかなかったと思うよ。こっそり写真を撮っても音を出さないんだ。僕はすぐに惚れ込んでしまった。それからは目に映るあらゆるものを撮影したよ。

Tenzinと赤い靴/Tenzin & Red Shoes Bruce Morrow(2007~)/ローテクなGIFアニメーション・シリーズ。ブルースの息子、テンジンが赤い靴を履いて踊る様子。

その頃、私のウェブサイトを立ち上げてくれたお礼として、CBにQuickTake200カメラを1つをあげたんだ。そうしたらCBもすぐに夢中になって、僕らはデジタルフォトの撮影やファイルの交換をし始めたんだ。それがscopOphliicの始まりだった。QuickTake200を使って当時作った「Gifアニメーション・シリーズ」は、今でも気に入っているよ。

CBQuickTakeは1997年当時、本当に素晴らしいカメラだった。僕らの写真に対する考えを変えた存在だったと言っていい。暗い場所でも意外なほど対応できたし、シャッター速度も早かった。充分なメモリーカードさえあれば、いくらでも写真が撮れるなんて。最もその頃のメモリーカードの容量なんて、10MBくらいのものだったけれど、QuickTakeはまだ写真の解像度も低くて、サイズも小さかったんだ。

QuickTakeにハマってた友人が集まると、僕らはフォト・テロリストのギャングと化したんだ(笑)。初めのうちは一つのQuickTakeを回して、各々が自分の撮りたいものを撮るんだ。先日、当時ダイナーで撮った写真のシリーズを見つけたんだけど、ブルースと別な友人がわざとおかしな表情をして写っている。だけど本当に撮りたいのはその後ろにいる可愛いウェイター(笑)。とにかく夢中になって写真を撮ったよ。

コインの両側/Both Sides of Coin:Back to Back to Back ScopOphilic(2022)/ドイツのビデオネール・フェスティバル参加作品。黒人やラテン系、LGBTQコミュニティに対する攻撃、そして誰もが内側で持つべき会話を取り上げた作品。

友人たちの死が「ACT-UP」への参加のきっかけに

ーーセクシュアリティ、エロティシズム、アクティビズム、そしてエイズ。25年もの間、ScopOphilicはゲイに関連した様々なテーマで作品を発表してきているけれど、特に思い入れの強いシリーズは?

CB80年代後半から90年代にかけて、エイズによって親しい友人が続けて亡くなった。まず大学のルームメイトが死んで、別の親友も1994年に亡くなったんだ。こうした身近な死に押されて、「ACT-UP(1987年にニューヨークで結成されたアクティビスト・グループ。プロテストやデザイン等の手法で、エイズについての正しい知識の伝播や、製薬会社や政府への抗議行動を展開)」と「クィア」活動に真っ向から飛び込んだんだ。

ーー「ACT-UP」はエイズ危機に際して、伝説的とも言われる存在ですね。政府を皮肉った、強烈なデザインのポスターが街角を飾ったことで知られていますよね。

CB毎週の「ACT-UP」のミーティングとプロテストにほぼ6年間参加したよ。その時期に制作した作品が自分にとって一番大事なものだけど、今は全部ウチのどこかに眠っている。何せ古いテクノロジーだから再現できるかどうかも怪しいんだ。

ブルース:CBと僕は両方とも「ACT-UP」に関わっていたんだ。初めのうち、死んでゆくのはゲイがほとんどだったから、世間は気にも留めなかった。けれど僕らが参加した頃は、エイズによって多くの人々が死んでいくことに、政府や教会そして大衆がやっと注目し始めた、とても大切な時期だった。僕たちには「正当化されるべき怒り」があったんだ。ACT-UPの活動は政府がどのように製薬を認可するか、そして製薬会社がどのように薬を作るかを変えたんだよ。

グラインダ・シリーズ/Grindr Series Bruce Morrow(2021)/左:「社会は既に俺たちの人生を難しいものにしている。 俺たちには変化が必要だ」ゲイの出会い系サイトに掲載されているミョーに熱くてどこか変なプロフィール文章がアートに/右:「レッツ・ゲット・イット・オン!」マーヴィン・ゲイの写真を使った爆笑プロフィール写真がアートに。

ーー女性の中絶権利をめぐる論争や銃問題。今後のLGBTQの人権への心配。分断されたアメリカを目の当たりにして、制作意欲がイマイチ湧かないクリエイターが多いと思うけれど、二人は世の中がこんな時、どんな制作テーマを思いつくのでしょうか?

CB:僕は今、健康やメンタル・ヘルスをテーマにした制作を考えているところなんだ。コロナ・ウイルスはある意味、地球上のすべての人を病気にしたといえるだろう? コロナ・ウイルスによって誰かが亡くなると、友人や家族にうつ病や不安などの連鎖的な問題をもたらす。僕はこれをテーマとして掘り下げて、作品を作ってみるつもりなんだ。

誰もが知っているように、今の世界には様々な問題がある。アメリカでも女性の中絶、銃や環境の問題に加えて、同性間の結婚の将来も確かとは言えない世の中(2022年7月)になってしまった。

今後のLGBTQ+の権利に関する最高裁判所の判決は、僕たちのコミュニティの大きな懸念事項だから、常にこのトピックには光を当てていこうと思っているよ。僕らが発信したメッセージから人々が何かを受け取って、それが次のアクションへ繋がってくれたら幸いだ。そうなって欲しいな。それが例えどんな方法であっても。

ブルース:僕はGrindr(ゲイ用マッチングアプリ)や他の出会い系アプリが黒人のLGBTQにどんな影響を与えているかに興味を持っていて、それを題材にいくつかの作品を作ったよ。どちらがボトム(受け手)をするとか、フェミニンかマッチョか、ドラッグの使用、アプリごとの違いについても詳しく見たりして。

それと、ニューヨークではホームレスとメンタル・ヘルスの問題も深刻だ。この二つの問題を解決するために、一番優れたアイデアとはなんだろう? シェルターだけが解決策じゃないはずだ。私たちは世界中を回って優れたアイデアを見つけ、ニューヨークで試してみる必要があるんだ。

2003年当時のCB(左)とブルース(右)/ギャラリーのパーティーにて。

ーー制作意欲は全く衰えていない感じですね。また、感受性が錆び付いていないからか(二人とも還暦寸前)、若く見えますよね。それにどの作品も若い世代が作ったかのような、新鮮な印象があるけれど、自分の「内側の年齢」は幾つだと思いますか?

CB面白い質問だね。とっさに「25歳」と答えそうになったけどよく考えると「35歳」というのが妥当かな。

ブルース:「23歳から25歳」くらいかな。大学を出てしばらく経って、自分という「大人」を理解し始める頃だね。

ーー会話を、理解を、そしてユーモアを。ニューヨークという変化し続ける街で、自分に問いかけるものを題材に作品を作り続けてきたscopOphliic。決して歳を取ることがないのは、はにかんだ笑顔の向こう側にある透き通る感性と優しさだった。

scopophilic(スコポフィリック)
ACT-UPやクィア活動に携わりながら、ストリートに数々の作品を残してきたデジタルアート・ユニット。
>Web|scopophilic.com
>cb cooke|scopophilic1997.tumblr.com
>Bruce Morrow|bruce-morrow.tumblr.com

取材・撮影/HRS Happyman
記事制作/newTOKYO

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ーースティグマとして捉えてきた身体に残る傷痕と向き合ってきた。誰しもが抱えている身体や心の傷。一人では塞ぐ事の出来なかった僕の傷とあなたの傷を縫い合わせる様にと、祈りを込めて。 幼少期に叔父から性的虐待を受けた経験を軸に、詩や写真、絵画、インスタレーション、パフォーマンスなど様々な作品制作を行う美術家・浦丸真太郎さん。 2018年にグループ展「オソレの品種改良」で東浩紀賞、2019年にグループ展「… もっと読む »

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