クィアへのラブレター。映画「スワンソング」トッド・スティーブンス監督インタビュー

引退したヘアメイクドレッサーが亡き親友の最後のメイクを施す旅を描き、世界各国の映画祭で感動を巻き起こしたウド・キアー主演の映画『スワンソング』が、8月26日(金)よりシネスイッチ銀座ほか全国にて順次公開となる。

劇場公開に先駆け、7月25日(月)東京・渋谷のユーロライブでは「Fan’s Voice」独占最速試写会が開催され、上映後のトークイベントに本作の監督であるトッド・スティーブンスがオンライン登壇。映画ジャーナリストの立田敦子さんが司会進行を担当し、映画に込めた想いやミスター・パッドにまつわる質問などに答えた。

トッド監督は、この映画は、「ミスター・パットへのラブレター」であると同時に「70年代・80年代の田舎に住む全てのクイーンたちへのラブレター」と表現。彼らが「何も恐れず、ありのままの自分でいいんだ」という姿を見せてくれたことへの感謝の意を示した。

ーー「スワンソング」トッド・スティーブンス監督インタビュー

立田:監督の出身地であるサンダスキーで実際に出逢ったミスター・パットにインスパイアされた作品だと聞いていますが、監督にとって彼はどんな存在だったのでしょうか?また、なぜ今映画化することを考えたのでしょうか?

トッド監督:ミスター・パットはサンダスキーの実在の人物です。少年時代に自転車で出掛けて中心街にいくと、まるでリベラーチェかデヴィッド・ボウイみたいな、帽子を被ったり煙草を咥えたりした、そういった出で立ちの方がいました。
サンダスキーはいわゆる普通の人しかいないような町でしたが、この方はそうじゃなかった。僕も自分自身が普通ではないと思 っていたので、とても共感しました。

その後、17歳になって初めてゲイバーの戸を叩きました。ここがまさに映画にも登場する「ユニバーサル・フルーツ・アンド・ナッツ・カンパニー」という名のバーです。怖くてドアを開ける手が震えるような、そんな体験でした。いざ入ってみると、ステージ上にキラキラした男がいるわけです。
それがミスター・パットでした。少年の頃からずっと尊敬していたあのミスター・パットがステージ上にいて大変感動したのと、「ここに自分の仲間がいるんだ」という感銘を受けました。

なので、今回のこの映画はミスター・パットへのラブレターと言ってもいいと思います。また彼だけでなく、70年代、80年代の田舎町に住む全てのクイーンたちへのラブレターでもあります。
彼らは「何も恐れず、ありのままの自分でいいんだ」という、そんな姿を見せてくれました。そんな姿を見て、わたしもありのままの自分で生きていていいんだという勇気を頂きました。

立田:ミスター・パットは実在の人物とのことですが、他にモデルにした実在の人物もいるのでしょうか?

トッド監督:ミスター・パットのパートナーであるデビッドさんと交流させていただき、面白い話を色々聞かせてくれました。そういった話を参考にして今回の作品を作っています。
それ以外にも、映画の中でパットが若いバーテンダーと話しているシーンがありますよね。その背景に映るのは、一時期この「ユニバーサル・フルーツ・アンド・ナッツ・カンパニー」のオーナーだったハービー・ヘイズ、それにジムとマイクという創業者も映っています。

そんな町の先輩たちから、私のいた時代の前の話をお聞きしました。彼らがいかにしてサンダスキーでゲイ・コミュニティーを作り上げていったのか、という話です。それ以外にもミスター・パットの姉や姪、友達や家族からも素晴らしい話をたくさん聞きました。

立田:主演のウド・キアーは映画界でも伝説的な俳優ですが、キャスティングはどのような経緯でしたか?ミスター・パットとウド・キアーにどのような共通点を見出したのでしょうか?

トッド監督:まず共通点でいうと、お二人とも美しい青い目をしていて、おしとやかな煌びやかさがあり、ゲイであるというところでしょうか。キャスティングはとても難航し、クィアの方に演じてもらうということは僕にとって大事なことでした。あの大変だったエイズの時代を生きたクィアでなければなりませんでした。

友達をたくさん亡くし、そんな中コミュニティを生きてきた、そういう方を望んでいたのです。そこでキャスティング・ディレクターからウド・キアーさんの提案がありました。ウド・キアーといえば、僕の中ではいつも悪役をやっているドイツ人という認識しかなく、うーんと思いながら、実際に彼に会いに行きました。
自宅を訪れましたら、彼がドアを開けてくれて、犬が出てきました。すると「ハロー。こちらは僕のワンちゃんのライザ・ミネリよ」と言うんですね。これで決まり、と思いました。

立田:本作は他にも伝説的な方が出演されていますよね。ジェニファー・クーリッジとリンダ・エヴァンスのお二人です。こちらもキャスティングについて教えてください。

トッド監督:まず、リンダ・エヴァンスさんのキャスティングについてお話します。実は、彼女はご本人の意志で25 年ほど前から女優業を引退していたんです。けれど今回、脚本を読んでくださって心を揺さぶられたようで、出演してもらったという経緯です。

本当に優しくて、勇気のある御方です。彼女の撮影は撮影最終日の一日だけで、映画をご覧になって分かる通り、いきなり棺の中の死体役を演じていただくという、凄いシチュエーションでした。そんな状況にも関わらず、リアルに死体役を演じるから構わず撮ってくれと言ってくださいました。
なにもギャラを貰えるからという理由で出演してくださったわけではなく、それは今回の他のキャストやスタッフにも言えることですが、このテーマと脚本に共感してくれたわけです。

そして、ジェニファー・クーリッジさんですが、僕は20年前から大ファンなんです。何故かアメリカのゲイ・コミュニティーにおいて不思議な力を与えている方で、良い意味で変わった方で、すごく面白くて、美しい。世界で一番好きな女優の一人です。
ただ、かなりのスターなので、当初マネージャーたちが彼女に対してなかなか脚本を見せてくれなかったんですね。あまりに低予算な作品だったということも関係していると思いますが。彼女のキャスティングを諦めかけていましたが、撮影開始の一ヶ月前、最後の最後にもうひと押ししたところ、ようやく彼女のもとに脚本が渡り、読んですぐに出演を快諾してくれたんです。

撮影も非常に面白くて、口から何が出てくるか分からないという予測不能な面白さ。というのも、台詞の即興が多くて、僕が考えたものより遥かに良い言い回しを考えてくださったのです。
例えば劇中で、突然現れたジャージ姿のパットを見て「ずいぶん格好が…スポーティーね」という台詞がありましたけど(英語では Athletic)、僕ではこうはいかないですから。夢が叶ったような気持ちでした。

立田:作品の魅力の一つに音楽がありますね。本作で長編映画デビューを果たした実の弟さんが音楽を担当していますが、起用の理由を教えてください。

トッド監督:弟は僕より11歳年下なんですけど、彼に音楽的な影響を与えたのは僕なんですよ。僕自身、思春期の頃はニューウェーブとか所謂80年代の音楽にハマっていたので、そういう趣味を弟に伝授したつもりです。初めてのロックコンサートに連れていったのも僕ですし。
しかし、そんな僕の影響を受けたはずの弟が、僕よりも随分とディープに音楽にハマっていきまして、ギターを習ったり、80年代のヴィンテージのシンセサイザーを集めたりと。

そういう弟ですが、僕が以前撮った作品ではスチールカメラマンを担当したり、実は今回の映画のポスターの写真も弟が撮りました。そもそも僕は長年、別の作曲家と組んでいましたが今回はスケジュールが合わず、この際、弟と組んでみようかとなったわけです。
音楽以外にも色々と協力してくれて、棺が登場するシーンは弟とその奥さんの自宅を借りて撮影したり、そこにウド・キアーさんや僕も寝泊まりさせてもらいました。

音楽を通してサンダスキーという故郷への愛や、この映画への愛を共に注ぐことができた、素晴らしい体験となりました。今後も組んでいければいいなと思っています。

■スワンソング
2022年8月26日(金)シネマスイッチ銀座、シネマート新宿、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開
https://swansong-movie.jp

ストーリー/現役生活を遠の昔に退き、老人ホームでひっそりと暮らすパットは思わぬ依頼を受ける。かつての顧客で、街で一番の金持ちであるリタが、遺言で「パットに死化粧を」とお願いしていたのだ。ゲイとして生き、最愛のパートナーであるデビッドを早くにエイズで失っていたパットは、リタの遺言によってさまざまな思い出が去来する。すっかり忘れていた生涯の仕事への情熱や、友人でもあるリタへの複雑な思い、そして自身の過去と現在…。ヘアメイクドレッサーとして活躍してきたパトリック・ピッツェンバーガー、通称“ミスター・パット”にとっての「スワンソング」は、はたしてわだかまりを残したまま亡くなってしまった親友であり顧客のリタを、天国へと送り届ける仕事になるのか——。

監督:トッド・スティーブンス/出演:ウド・キアー、ジェニファー・クーリッジ、マイケル・ユーリー、リンダ・エヴァンス/2021年/アメリカ/英語/105分/カラー/ビスタ/5.1ch/原題:SWAN SONG/日本語字幕:小泉真祐/配給:カルチュア・パブリッシャーズ © 2021 Swan Song Film LLC

素材提供/カルチュア・パブリッシャーズ(Fan’s Voice独占最速試写会オフィシャルレポートより)
記事制作/newTOKYO