映画『チャイコフスキーの妻』トークイベントに和田彩花が登壇。19世紀後半の帝政ロシアにおける同性愛と女性の権利

元アンジュルムの和田彩花さんが語るチャイコフスキーの妻

19世紀後半の帝政ロシアを舞台に、天才作曲家ピョートル・チャイコフスキーとその妻アントニーナ・ミリューコヴァの複雑な結婚生活を描いた、キリル・セレブレンニコフ監督による『チャイコフスキーの妻』。

日本公開初日を迎えた 9月6日(金)、新宿武蔵野館にて公開記念トークイベントが開催され、アイドルの和田彩花さんとMCを担当した映画・音楽パーソナリティの奥浜レイラさんが登壇した。

元アンジュルムの和田彩花さんが語るチャイコフスキーの妻

ーー19世紀ロシア、社会的規範に従った「男女の結婚」

奥浜レイラさん(以下、奥浜):『チャイコフスキーの妻』をどのようにご覧になりましたか?

和田彩花さん(以下、和田):いろいろな愛が描かれているなと思いました。「愛」といっても、優しさや強さだけではなく、相手を恨んでしまうような愛も描かれていて。愛の変化によって、人間関係が変わっていく描写が印象的でした。

特に好きなシーンは2人の結婚式のシーンです。暗い閉ざされた空間でロウソクの光だけを頼りに行われ、とても神秘的でした。「結婚式=チャペルでドレスを着て祝う」というイメージが強いですが、本作では近しい人々から祝福されることもなく、ただ2人が静かに歩き続ける。国が違うだけで、こんなにも儀式的になるのだと驚きました。

奥浜:当時のチャイコフスキーの置かれた状況を考えると、彼は同性愛者でありながら、社会の規範に従うために女性との結婚を選び、かなりの抑圧や苦しみを感じていたのではないかと思います。

和田:結婚式のシーンでは、アントニーナが嬉しそうにチャイコフスキーを見つめる一方で、彼は自分の感情を必死に抑えているように見えました。

チャイコフスキーが偉大な芸術家として名声を得つつあった時期だったことを考えると、彼は社会の期待に応えるために「男女の結婚」という、社会的規範に従わざるを得ない状況だったのかもしれません。その行動を責めることはできないし、とても複雑な思いを抱えながら選んだ道なんだと感じました。

元アンジュルムの和田彩花さんが語るチャイコフスキーの妻

ーー劇中で描かれた女性という立場

奥浜:和田さんは、チャイコフスキーという人物をどのように見ていましたか?

和田:チャイコフスキーのセクシュアリティに関しては劇中で明言されるシーンはありません。現代においても、本人がセクシュアリティを言わない限り他人は言及しないということが当たり前になりつつありますが、その現代的な感覚を19世紀という時代背景の中でさりげなく取り入れているところが素晴らしいなと思いました。

奥浜::史実に基づきながらも、監督の解釈や「こうあってほしい」という部分が反映されていたのかもしれません。それを演じる役者たちのお芝居も素晴らしかったです。

和田:アントニーナを演じるアリョーナ・ミハイロワの演技は、繊細な感情の変化が見事に表現されていて、特に内に秘めた思いが壊れていく様子が印象的でした。冒頭の教会のシーンでは、貧しい人たちがアントニーナに寄ってくる中、近くにいた一人の女性が自分に起きた辛い経験を話していました。

元アンジュルムの和田彩花さんが語るチャイコフスキーの妻

和田:話の内容から、その女性はおそらく性被害を受けたのだと想像したのですが、精神的にバランスを崩してしまったことが伝わってきました。服装もボロボロで、心身ともに不安定な状況が強調されていたのとは対照的に、当時のアントニーナは美しく整った姿が描かれていました。

しかし、物語が進むにつれ、アントニーナも心のバランスを失っていきます。彼女もまた、その女性が抱えていたように苦しみを内に秘めていて、徐々に崩壊していく様子が観ている側としては記憶に残りました。

元アンジュルムの和田彩花さんが語るチャイコフスキーの妻

ーーアントニーナは本当に“世紀の悪妻”か?

奥浜:和田さんは、「悪妻」と評されてきたアントニーナをどのように形容するかについても考えたいとおっしゃっていました。

和田:誰がどのように「悪妻」というラベルを作り上げたのかを考えることが重要だと思います。私はこの映画を見た時、アントニーナのことを悪妻だと思いませんでした。お互いが異なる方向に進んでいたとしても、彼女がチャイコフスキーを思い、彼との関係に向き合っていたことは確かです。人間関係がこじれたり、精神的に揺さぶられたりする部分はありましたが、アントニーナ自身を「悪い」と一概に片付けることはできません。

19世紀ロシアの世界観では、どうしてもアントニーナは「芸術家の妻」としての役割が強調され、個人としてではなく「妻」としての存在が語られているように感じます。物語の中で「天才芸術家の隣にいるだけでいい」というセリフが象徴するように、彼女の役割がジェンダーの視点から固定されていたことがよく分かります。

そういった偏った視点から「悪妻」という名前が広まってしまったのかなと。だからこそ、今この映画を見て、アントニーナをどう形容するかを改めて考えることは意味のあることだと思います。

元アンジュルムの和田彩花さんが語るチャイコフスキーの妻

奥浜:最後になりましたが、みなさんにお伝えしたいことはありますか?

和田:チャイコフスキーが兄弟愛のような形での結婚を理想としていたこと、男女の愛を求めないことを不自然に思う人もいるかもしれません。しかし、さまざまな愛の形を持って素敵な家庭を築き上げる人たちはたくさん存在します。

兄弟愛を求めていたチャイコフスキーも男女の結びつきを求めていたアントニーナも、ただ異なる愛の形を求めていただけなのです。どちらかが悪いというわけではなく、多様な愛の形がある。『チャイコフスキーの妻』は、そういったことをみなさんにも発見してもらえる作品です。

■チャイコフスキーの妻
新宿武蔵野館、シネスイッチ銀座、アップリンク吉祥寺ほか絶賛公開中
https://mimosafilms.com/tchaikovsky/

STORY/チャイコフスキーは自分を熱烈に愛してくれる女性アントニーナと出会い、世間体を気にして結婚した。しかし、結婚生活はすぐに破綻するどころか、アントニーナという存在を煩わしく思うばかり。ついに彼は急な仕事と嘘をついて、家に帰ることはなかった。それでも、アントニーナは真実から目を逸らし、彼を盲目的に愛し続けるのだがーー。

文/Honoka Yamasaki
画像/ミモザフィルムズ
記事制作/newTOKYO

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