昨年10月、北陸初のプライドパレードが開催された石川県・金沢市。LGBTQ+当事者やアライなど県内外から約300人の参加者が集まり、多様な性の在り方を祝福したことは記憶に新しい。
同市にて観光業を営む株式会社SLACKTIDE代表取締役・細川博史さんはパレードに参加したことがきっかけとなり、今年6月から、運営するホテル「KANAME INN TATEMACHI」をLGBTQ+フレンドリーな空間へと整備する取り組みをスタートさせたばかりだ。
執行役員として、30年以上愛され続けているイベント「GOLD FINGER」と、新宿二丁目で同名のバーを運営する小川チガさんと、認定NPO法人グッド・エイジング・エールズ代表やプライドハウス東京代表、Marriage For All Japan 理事など、様々なLGBTQ+関連の活動を推進する松中権さんを迎えた今、金沢にルーツを持つ3人はこのまちにどのような未来を描いているのかーー。
ーー小川チガさんと松中権さんを迎え、LGBTQ+フレンドリーな取り組みをスタートさせたホテル「KANAME INN TATEMACHI」
細川さん:出身地である金沢へ戻ってきたのが10年前。それまでは世界中でAirbnbが流行していたこともあり、東京都内のマンション200部屋ほどを借りて宿泊アテンドを行っていたのですが、いずれこの波が地方にも波及するだろうと考えUターンをしました。そうして5年前に、金沢で初めてインバウンド向けの施設としてオープンさせたのが、ここ「KANAME INN TATEMACHI」なのです。
ただ、単に宿泊施設の運営をするのではなく市外や県外・海外から人が集まるまちづくりに貢献をしたいという気持ちがあったので、映画祭やイベントなどの取り組みをしてきました。そうした中で、私の価値観を大きく変えるきっかけとなったのが昨年の金沢プライドパレード。およそ300人の人たちがパワフルにまちを練り歩くというのは、地元では見たことが無く、とても感銘を受けた出来事でした。
お酒を一緒に楽しむLGBTQ+当事者の友人はいたものの、当事者たちが内在的に抱えている悩みや直面する人権問題の面では知らないことばかりだったことを、ゴンさんの講演も含めて、痛感した瞬間でもありました。バリアフリーという言葉がありますが、金沢がLGBTQ+の方たちにとって居心地のいい場所か否かを考えたとき、言うなれば段差だらけのまちだと気付かされたんですよね。
LGBTQ+フレンドリーであるスポットが、まちの中にインストールされること。まずはここにコミットするために、2年ほど前からご縁のあったゴンさんとチガさんにお声がけをして、「KANAME INN TATEMACHI」を起点とした、バリアフリーなまちづくりへと取り組むことを決めました。
松中さん:その上で細川さんから、PRIDE指標(https://workwithpride.jp/pride-i/)のゴールド認証の取得を目指したいとお話がありました。LGBTQ+の方々にも働きやすい職場をつくるための取り組みを、チェックボックスのように指標化したものです。まずは、ホテルスタッフに向けたLGBTQ+研修の場を設けました。今はまだ、LGBTQ+に関する一般知識の勉強会をはじめ、私やチガさんがこれまで経験してきた人生のお話をしたり、アンコンシャスバイアスに気付いてもらうワークショップなどを開いたりと、LGBTQ+フレンドリーな職場の基盤を築き始めたばかりですが、このホテルがエンジンとなって金沢の他宿泊施設が同じような取り組みを始めてくれたら嬉しいです。
私が大学入学とともに金沢から上京した要因の一つとして、ゲイであることはとても大きなことでしたが、カミングアウトをしてから故郷へ戻ってきたとき、お世辞でも何でもなく本当に素敵な魅力で溢れたまちだと気付きました。私のようにLGBTQ+に対する偏見が要因で故郷の金沢を去ってしまった仲間たちが、帰ってこられるまちづくりに貢献できるこの機会を大切にして、誰に対しても暮らす・働く場所の選択肢となるような金沢へと変わっていくことを願っています。金沢レインボープライドの共同代表として、昨年パレードを始めたのも、そんな思いが根底にあります。もちろん、これから社会に出る方たちにとって、「KANAME INN TATEMACHIだったら、働けるかも」と当事者の就業にも繋がる一つの場所としても、成長できたらと思っています。
チガさん:やっぱり、リアルで会える場所って本当に大切なんですよ。長年、新宿二丁目にお店をやっているからこそだと思うんですけど、LGBTQ+の当事者をインターネットを介して知るか、実際に会って知るかでは全然違くて。そういう意味では、金沢はまだまだ後者のような交流ができる場所が少ないとは思うのですが、LGBTQ+フレンドリーなスポットが増えていくと、例えば、金沢プライドパレードのようなイベントがあった際に、そのアフターパーティを「KANAME INN TATEMACHI」で行うなどの選択肢も出てくるわけですよね。
まちと繋がるように存在するこのホテルのテラスやミュージックバーなど魅力的な空間で、あらゆる人が集い、時折LGBTQ+を公表しているアーティストの楽曲が流れる…そんな時間が人生の中で大きな気づきを与えるとも思うんです。両親の出身地がゆえに私のルーツでもある金沢でLGBTQ+に関する取り組みに携われるのは、ものすごい嬉しいです。
細川さん:とは言え、昨年の金沢プライドパレードも含めLGBTQ+に関する取り組みはまだまだ始まったばかり。このような取り組みをまちぐるみで推進しようとすることに対して、中には快く思っていない人にも出会いました。「LGBTに媚びるぐらいなら、地元の人たちを大切にするわ」と言われたときは、北陸がLGBTQ+に対して日本で一番保守的な地方というデータがあることを再認識させられました。
ただ、都市において8%強の割合でいると言われているLGBTQ+当事者の方を見ないフリをするのは、すなわちバリアフリーではないまちを意味します。LGBTQ+フレンドリーであることはインフラ整備と同じことなのに、そのことを拒んでいては街に住む人、そしてまちを訪れる人の価値観がアップデートされる機会がどんどん減っていってしまう。
そうではなくて、今まで取りこぼしていたLGBTQ+当事者も過ごしやすいまちづくりというのは、最終的にはまち全体のためにもなることを「KANAME INN TATEMACHI」を通して伝えていきたい。地元でビジネスを持つ方たちが前のめりに参画することが、まちを変えていくために必要なことだと確信しています。
今回、金沢へ取材に訪れた日には金沢21世紀美術館にて、金沢を舞台に撮影された映画「手のひらのパズル」(監督/脚本/プロデューサー/編集 黒川鮎美)の先行上映会が催されていた。
上映後、主演も務めた黒川鮎美さんは「幸せの形というのは本当に人それぞれで、何を持って幸せかというのも人それぞれ。LGBTQ+を一つのテーマとした映画ではありますが、“LGBTQ+だからこういう風な言い回しにしないといけない”といった考えの巡らせ方はせず、自然な感覚で同性愛についても描きました。この映画を見た方の人生の気づき、スパイスになれば嬉しいです」とコメントをした。
月に一度ゲストハウスで開かれている、多様な性のあり方についておしゃべりを楽しむ「にじのまカフェ」では、LGBTQ+当事者やアライをはじめ、ジェンダーやセクシュアリティに関心のある大学生、初めてこのカフェに訪れる人らが、肩書き・年齢・性のあり方といったあらゆるカテゴライズから自由になり交流を深めている様子がとても印象的だった。
にじのまカフェがスタートするきっかけとなった、不登校支援活動を行う「coconoma」代表・松木さんは「問題や悩みをシェアするということは不登校に限らず誰にとっても必要なことで、coconoma自体をボーダーレスにしたところから「にじのま」の活動が始まりました。まだまだLGBTQ+コミュニティ外における問題意識は低いので、訪れた方には会話や人との繋がりを通して悩みを解決する糸口を見出す場所として立ち寄ってもらえたら嬉しい」と、地方におけるLGBTQ+コミュニティの存在意義も含めてお話をしてくれた。
ーー金沢は昨年のプライドパレードを機に、少しずつ、LGBTQ+フレンドリーなまちへと歩みを進めている。なお、今年は9月16日(金)~19日(月祝)に金沢プライドウィーク2022と題し、18日(日)の金沢プライドパレード2022をはじめ様々なイベントが企画されている。
ぜひ金沢を訪れる際やプライドウィーク期間中は、「KANAME INN TATEMACHI」で快適に過ごしてみてはいかがだろうか。
■KANAME INN TATEMACHI
2017年4月、金沢市・タテマチストリートにオープン。客室は全38室、いずれのタイプもシンプルかつゆとりのあるスペースが魅力の一つ。ラウンジ横「KANAZAWA MUSIC BAR」では、1,000枚を超えるレコードの中から毎晩ミュージックセレクターがその時を感じながら選曲。ジャパニーズジンコレクションや地元の食材を使った料理をはじめ、大人が楽しめる空間となっている。2022年6月より、社外取締役のCDO(Chief Diversity Officer)として松中権さん、執行役員として小川チガさんを迎え、LGBTQ+フレンドリーなホテルとしての取り組みをスタートさせた。
住所|〒920-0997 石川県金沢市竪町41
電話番号|076-208-3580
https://kaname-inn.com/ja/inn/
写真・インタビュー/芳賀たかし ※客室写真のみ提供
記事制作/newTOKYO