1990年の5月17日、WHO(世界保健機構)で同性愛が国際疾病分類から外された。それは、同性愛が病気という扱いではないということが世界的に認められたということ。その5月17日を記念して国際反ホモフォビア、トランスフォビア、バイフォビアの日として制定されたのが『IDAHOBITデイ』である。この日は各国で様々な祝福やイベントが行われ、LGBTIへの関心を高める多様なメッセージを発信している。
そんなIDAHOBITデイの活動が活発な国のひとつであり、世界最大規模のLGBTIの祭典『マルディグラ』が開催されるなど、LGBTIの平等の権利を守ろうという動きがいたるところで行われているのがオーストラリアだ。2017年には同性婚が合法化され、LGBTIにとってオーストラリアの社会は、より住みやすいものとなった。
今回はオーストラリアの事情にも詳しく、現在在日オーストラリア大使館の政務担当公使という職に就くグレッグ・ラルフさんと、そのパートナーのジョウさんにおふたりの結婚から、オーストラリアのLGBTIへの取り組み、そして日本へのメッセージを伺った。
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――長年の交際期間を経てたどり着いた選択肢。20年越しの結婚を迎えたグレッグさんとジョウさん
グレッグ:私たちが最初に出会ったのはシドニーオリンピックの直前、今から約20年ほど前のことでした。それからずっとお付き合いをしていたのですが、同性婚をするかどうかについてはあまり深く考えてはいませんでした。
ジョウ:というのも、オーストラリアには一緒に暮らしているパートナーであれば異性や同性ということに関わらず、「デ・ファクト」という事実婚のような制度があるので、出会ってからずっとその制度で守られており、困ることはなかったのです。
グレッグ:2017年の同性婚法案可決から選択肢が増えて、同性同士でも結婚ができるようになったけれど、LGBTIの人たちもあえて結婚をしないという選択をする人ももちろんいるんです。
私たちは2年半ほど前に結婚という選択をしたのですが、その決め手になったのは家族の存在でした。ふたりとも両親が高齢なので、今幸せな姿を見せなくてはいつ見せるのかと思い、形をなす意味でも結婚することにしました。
18年の長い交際期間で周りからしたら一緒にいるのが当たり前だったから、結婚すると言った時に周りはどのような反応をするのかと思ったのですが、意外なことにたくさんの方々が喜んで祝ってくれたことに驚きました。そういう幸せを感じたり、親孝行をすることを考えると、同性婚という選択肢が増えることはとても素晴らしいことなのだと実感できています。
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――同性婚可決の背景にある様々なカミングアウト。LGBTIを可視化する個々の勇気が実った法案!?
グレッグ:オーストラリアの同性婚の法案は賛成61.6%で可決したのですが、その背景には数十年かけて行われてきた地道な努力の賜物だと思っています。それは、言葉に置き換えると簡単ですが、LGBTIが職場、地域、家族の間でカミングアウトできるような雰囲気づくりをしてきたことです。
例えば私は外務貿易省に勤めているのですが、その時には「LGBTIチャンピオン」という肩書きを授かっていました。このチャンピオンというのは、弁護や活動家という意味で使われています。シニアなポジションに就いている私が「ゲイであるということをカミングアウトして、LGBTI当事者を守るよ」と伝えることで、LGBTIの若い同僚たちは「私たちの権利を守ってくれている」と安心して仕事をすることができる仕組みなのです。
そういった動きはオーストラリアに数多く存在しているんです。そのため、若い人たちはカミングアウトをしやすい環境を手に入れていき、LGBTIは年々大きく可視化されるようになっていきました。
そして多くの人がセクシュアリティをオープンにしていくことで、それがある人にとっては、息子だったり友人だったり、甥っ子や姪っ子だったり、身近な人が当事者であるということが目に見える形で分かっていくのです。
世界どこでも80代以上の方は、あまりLGBTIに対して寛容ではない方が多いと思いますが、その方たちを説得したのは身近にいる当事者たちの存在でした。
私は母にカミングアウトをしています。そして、母が賛成に投票したのもまた、私のためでした。私たちの権利を守りたいから、幸せになってほしいから、そういう想いで票を入れてくれたのです。友人や、子供など、身近な人たちの幸せを願う人たちの票が合わさり、オーストラリア全土の61.6%という結果につながり同性婚の法案は可決したと誇らしく思っています。
ジョウ:私たちLGBTIは見た目はほとんどストレートの方たちと変わらないんですよ。
だからこそ、積極的に私たちが存在していることを伝えるために、カミングアウトすることにしたのです。そのための雰囲気づくりをしてくれた人たち、コミュニティに貢献してくれたシニア世代の人たちの働きにも心から感謝しています。
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――社会を動かした同性婚可決のその後。「ありのままの姿」が日常になった世界の生きやすさ。
グレッグ:同性同士の結婚ができるようになって大きな平等を獲得すると、社会が大きく動くと思うでしょう? それは、全く違うんだ。社会が変わることはなかったんだよ。でもね、それが一番意味のある真実なんだ。誰もが、普通に、これまでと同じ生活を歩むことができていたんだよ。とても良い意味でね。
法案採決の時に反対していた勢力たちが口々に言っていた同性婚が実現すると起こり得る弊害が、実は何ひとつ起きなかったんだ。男性同士でも異性同士でも女性同士でも、普通に人々が結婚をして子育てをして、生活を送り続けることができているんだよ。
それに、今では誰がゲイだとかレズビアンだとかトランスジェンダーだとか、そういうことがいちいち話題に上がることがなくなったんだ。彼らは彼らであり、ひとりの人であり、ゲイやレズビアンというだけの存在ではない。LGBTIというのは私たちの中のほんの一部にしかすぎないことなんだって、今ではほとんどの人が理解しているんだ。
だから日本でも同性婚が実現してほしいとは願っているけれど、残念なことに未だ、政治家や芸能人、有名な人たちがゲイだとカミングアウトすると、そればかりが取り上げられてしまっているよね。その状況はとても悲しいことだと思っているよ。
ジョウ:それに日本の当事者の人たちは、家族にカミングアウトをしていない人がたくさんいるよね。それにはとても驚いたよ! 地方よりはオープンに生きやすい都心部でも、パートナーと同棲し夫婦のように長く連れ添っていても、お互いの家族はパートナーの存在さえも知らない場合がよくあるよね。
だから、結婚の平等が実現したとしても、課題はそれだけではないんだよね。
LGBTIが誰の身近にも存在するということを知っていなくてはいけないんだ。そして、彼らを受け入れる体制を持たなくてはいけない。そうでなければ、例え法律で同性婚ができるようになったとしても、家族にバレたくないから、職場に知られたくないからと、愛し合っているのにも関わらず結婚をしないという「マイナスな選択」がたくさん出てしまうかもしれないと危惧しているよ。
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――ありのままでいるために必要不可欠な「沈黙を破る」勇気を持ち、行動をすることとは?
ジョウ:今年のIDAHOBITデイのテーマは「沈黙を破る」。これは、どんな人もオープンに、ありのままの姿を話すことができることがいかに大切かということ表しているんだ。
僕はここにいるよ、と伝えることで社会は変えられる。日本では、まだ難しいことかもしれないけど、平等の結婚制度はその先に必ずあると思うんだ。
グレッグ:その過程において必要なことは、組織のリーダー、トップ、お偉いさん方が「LGBTIを受け入れるよ」という姿勢を取ることだね。チャンピオンを任命したり、偉い人がスピーチをすることによってLGBTIの平等を守ろうという姿勢を見せることはとても意味があることなんだ。
ただ、LGBTIに対する理解を深めたり、平等を訴えたりするやり方は日本であれば日本発のものでなければならないと思うんだ。オーストラリアはこのやり方が良かったけれど、日本ではそうでないかもしれない。国民性・国民の意識がそこへ向いていなければならないからね。
それに日本にも素晴らしい活動はたくさんあるんだよ。各自治体の同性パートナーシップ制度は急速に広がりを見せているし、『LLAN(Lawyears for LGBT & Allies Network)』という弁護士から構成されている団体においては、自治体レベルのパートナーシップ制度がより身近で実践的なものになるよう尽力している。こういった取り組みは長期戦になると思うけれど、それが日本のやり方なのかもしれない。日本独自のLGBTIの平等を得るための活動を、大使館として私たちは応援していきたいと思います。
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――必要不可欠な行動とカミングアウト。愛を持ったふたりから日本へのメッセージ。
ジョウ:日本は、本当は家族や地域社会を大切にしている文化だと思います。
周りの環境、家族や地域社会がLGBTIを受け入れられるような雰囲気づくりをしてあげることで、そこにひとり仲間が増えるんです。身近にいる誰かが当事者なんだという認識をもった意識改革をしていってほしいですね。
グレッグ:ありのままの姿をオープンにすること。それは、家族や同僚、友人に対して。
それがどれだけ大切なことなのか、私たちは再認識しています。たくさんの人が、ここにいるよと伝えることができなければ、社会は変わらない。勇気が必要なことだけど、その行動は必要不可欠なものなんだ。カミングアウトをすることで辛い思いをするかもしれない、だけどいつかその沈黙を各々が破って、その先にある今よりずっと豊かな未来を描いていけるように実現させていきましょう。
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■ グレッグ・ラルフ
2019年、在日オーストラリア大使館に政務担当公使として着任。それ以前は、オーストラリア政府外務貿易省で中東担当部長を務めており、その際にLGBTIチャンピオンに任命され、省内のLGBTIに対して権利を守る活動なども行う。現在、パートナーのジョウと結婚し、日本で暮らしている。
■ ジョウ・チュア
マレーシアで生まれ育つ。大学進学を機にオーストラリアに移住。首都キャンベラでシニア専門医として医療に従事。(グレッグの日本赴任にともない)現在は長期休暇中で、東京での生活を満喫している。
在日オーストラリア大使館
https://japan.embassy.gov.au
https://twitter.com/australiainjpn
取材協力/在日オーストラリア大使館
取材・写真/新井雄大
編集/村上ひろし
記事制作/newTOKYO
※この記事は、「自分らしく生きるプロジェクト」の一環によって制作されました。「自分らしく生きるプロジェクト」は、テレビでの番組放送やYouTubeでのライブ配信、インタビュー記事などを通じてLGBTへの理解を深め、すべての人が当たり前に自然体で生きていけるような社会創生に向けた活動を行っております。
https://jibun-rashiku.jp