歌人・鈴掛真さんが書き下ろした五七五七七の短歌と、その一首に紐づくショートストーリーが綴られる全4回の短期連載『恋の三十一文字(みそひともじ)』。
第二回目は、中学校の卒業式を迎えた“僕”と“彼女”だけの忘れられない約束をした、とある春の日の出来事――。
ありがとう
君の涙が
雨となり
きれいな花が
咲きますように
満開の桜の花を陽が照らす、清々しい朝だった。今日を最後に、もう二度と会えないかもしれないなんて、嘘みたいなほど。
僕が生まれた街は、通学路の小川にも、ニュータウンへ続く坂道にも、至るところに桜の木が植っていて、春になると街中が桜色に染まる。
この日はよく晴れていた。桜の薄紅と空の青のまぶしさに、少し目がくらむ。
中学3年生だった僕は、卒業式に出席するため、歩き慣れた通学路を踏み締めるように学校へ向かっていた。
昇降口では、係の下級生が学ランの胸ポケットにリボンのバラを着けてくれた。
教室に入ると、クラスメイトのみんなが、いつもよりも少し大袈裟に騒いでいるように見えた。まるで別れの寂しさをまぎらわすように。
その中に、彼女もいた。
僕らは異性同士だけど、それを感じさせないくらい、どんなときもいっしょにいた。
他の友達を交えて、放課後に日が暮れるまで教室でおしゃべりしたり、週末には自転車で列をなして出かけたりもした。クラスの席替えでもよく隣同士になっていたから、僕らが付き合っていると信じて疑わない同級生はたくさんいただろうと思う。
僕は彼女にならどんなことでも打ち明けられた。ただひとつ、僕が同性にしか恋愛感情を抱けないということだけを除いて。
この一ヵ月間、卒業証書授与や合唱、わざとらしい台詞を順番に大声で言わなきゃいけない「別れの言葉」も、来る日も来る日も練習させられて退屈だった卒業式の本番は、なんだかぼんやりと実感の無いまま、あっけなく終わった。
校庭では同級生のみんなが、写ルンですを片手に部活の後輩やお世話になった先生たちと写真を撮り合っていた。僕も、よくつるんでいた奴らを見つけては、いっしょになって撮った。この日撮った写真の数々には、もちろん彼女の姿もたくさん写っている。
「家に帰ってから読んで」
別れ際、僕は彼女に一通の手紙を渡した。
昨夜したためたその手紙を読めば、僕が同性愛者だとわかるようになっていた。
別々の高校に進学する彼女とは、卒業した後も、大人になってからも、ずっと友達でいたいと思った。
けれど、誰かを好きになったとき、こんなに仲の良い彼女にも秘密を貫いているのが、ひどく心苦しかった。友達なら、恋の話をするくらい、なんら不思議じゃないはずなのに。
こんな僕のことを、彼女が受け入れてくれなかったとしたら。今日が永遠の別れになるかもしれない。それはとても怖かったけれど、卒業を迎えて離れ離れになる今日だからこそ、それが決断できた。
“僕は、離れ離れになんてなりたくない。”
彼女に宛てた手紙に、僕はそう記した。
夜、彼女が電話をくれた。
まだ二人とも携帯電話なんて持っていなかったから、家の電話の子機を自分の部屋に持って行って、僕は恐る恐る受話器を耳に押し当てた。
「私、君のことが好きだったときがあったんだよ。でも今は、大切な友達だって思ってる」
僕は、声を押し殺して泣いた。家族に聞こえないように。
嬉しくて、どうしようもなく幸せで、笑いたいのに、涙は絶えず流れ落ちて止まらなかった。
「これからもずっと、僕と友達でいてくれる?」
「当たり前だよ」
電話の向こうで、彼女も泣いていた。
「ありがとう」
「打ち明けてくれて、ありがとう」
窓の外では、夜風に吹かれて桜の花びらが舞っていた。
* * * * *
■ プロフィール
短歌・文/鈴掛真(すずかけ しん)
歌人。愛知県春日井市出身。東京都在住。ワタナベエンターテインメント所属。第17回 髙瀬賞受賞。著書は、歌集『愛を歌え』(青土社)、エッセイ集『ゲイだけど質問ある?』(講談社)他。
イラスト/あさなさくま
漫画家・イラストレーター。ゲイである自身の日常を描いたコミックエッセイ『あさな君はノンケじゃない!』(KADOKAWA)が、第2回「ピクシブエッセイ新人賞」を受賞。セクシュアリティを問わず共感を呼ぶ作風と、アパレル企業勤務の経験を生かしたファッション描写に注目が集まっている。共著に『cawaiiコーデ絵日記 from cawaii_gram』(星海社)がある。
記事制作/newTOKYO