残高2000円、2度のガンを乗り越えて。福岡市の撮影スタジオ「STUDIO FICTION」代表のゲイカップル、努さんとMOUさんが結婚式を挙げるまで

2025年6月1日、福岡県福岡市でフォトスタジオ「STUDIO FICTION」を運営する吉田努さんとMOUさんが、スタジオのオープン3周年も兼ねた結婚式「ボーダーレスウェディングパーティ」を挙げた。会場となったカフェ「YAMAYA 3 TERRACE」には約180名が参列し、盛大に2人を祝福した。

吉田さんはヘアメイクアーティストとして芸能や広告、ファッション業界で活躍、MOUさんは編集者やウェディングプランナーといったキャリアを積み上げてきたが、なぜ福岡という街を選び「STUDIO FICTION」としてゼロからスタートしたのか。出会いから現在まで、約15年の間に多くの苦難を共に乗り越えた彼らの半生、そして結婚式を挙げた心の内を伺った。

ーーコロナ禍の挫折がきっかけで生まれた「STUDIO FICTION」

ーーお二人の出会いについて、教えてください。

MOUさん(以下、MOU):約15年前、SNSの繋がりから交流が始まりました。その当時、僕はナジャ・グランディーバらが出演する400人規模のクラブイベントを大阪でオーガナイズしていて、福岡に住んでいた努くんも来たいと言ってくれたんです。ただ、努は顔出しをしていなかったから、反りが合わなかったらどうしようと不安はありました。まぁ、その不安は努を初めて目の当たりにした瞬間、ビジュアルの良さに見惚れて見事に吹っ飛んで行きましたけど(笑)。僕が35歳、努が30歳前後のときでした。

吉田努さん(以下、努):正直、その時はMOUちゃんのどこが好きとかはなくて翌日、告白されたからOKの返事をしたというか。それから連絡を取り合うようになり、月一回の頻度で会うようになっていきました。結局、お互い仕事が忙しくて、遠距離で心も追いつかないことから半年ほどで別れてしまったんですけどね。

ーー1度は別れたものの、およそ10年後に「STUDIO FICTION」を二人で運営することになったきっかけは何だったのでしょうか。

MOU:僕は大阪に住み続けていて、2020年にイベントを3つほど開催する予定を組んでいたんです。集客が得意だったこともあり、イベント会社として成功したいという思いもあって。結局、緊急事態宣言が発令されて計画は全て白紙、翌日から予定はゼロに。周りからは笑われているような気がしたし、お金も心も擦り減らしてしまったので、地元・福岡県へ帰ることに。

地元で連絡が取り合えるのは家族と努くんだけだったので、自然と遊ぶようになったんです。家に泊まったり、キャンプをしたり、旅行へ行ったり…友達として同じ時間を過ごす日々が多くなりました。

努:そうした中、僕はヘアメイク、MOUちゃんは撮影のスキルがあるから、それを活かして撮影イベントをやろうという話になったんですよ。実際に東京、福岡、大阪、沖縄の4箇所で開催してみると、売り上げは上々でした。

ーー確かな手応えがあったんですね。

MOU:僕も、こうしたイベントの成功は嬉しかったんです。それからしばらくして、2人で天神の街をぶらぶら歩いていたら、努が「スタジオせん?」と誘ってくれて。嬉しかったけど、資金がなかったから「お金はどうするんよ」って聞いたら、「いいよ、俺が全部出しちゃるけん」と言ってくれたんですよ。そのときに、「自分とのことを真剣に考えてくれていたんだ」ってときめいて、再び「好き!」ってなりました(笑)。

努:MOUちゃんを誘ったのは、しっかりとした理由があって。これまで芸能界や広告業界で関わってきたフォトグラファーと比べて、被写体のお客様が心地良く撮影に臨むための気配りや乗せ方が非常に上手いなと感じていたんです。モデルを仕事としている人たちは仕事だから表情やポージングは出来て当たり前。

でも、一般の方々って気恥ずかしくて出来ないっていう人がほとんどなんです。それにも関わらず、MOUちゃんが撮ると自然と乗ってきてくれる。それに、その頃には芸能や広告の世界よりも一般の方々を相手に仕事をする方が面白いという思いがあったので、だったら、二人でスタジオをやればいいじゃんと誘いました。

ーー「宣誓は、県庁の奥の倉庫みたいな場所で」。病に侵された吉田さんを思って選択した同性パートナーシップ宣誓制度

ーー2022年8月8日「STUDIO FICTION」をオープンしてから現在に至るまでに苦労したことはありましたか。

MOU:オープンしたはいいけれど、その時点で資金が尽きて2人合わせて2000円くらいしか手元に残っていないときもありました。おまけにマーケティングや経営の知識を全く持ち合わせていなかったので、ヘアメイク込みの撮影で客単価10,000円で始めてしまったんですよ。

もちろん、それじゃ成り立たず周りから「自分たちの価値を下げてどうするの!」って散々言われて(笑)。そこからは適正料金を見極めて運営をしましたが、最初の半年間はUberEatsで配達をしながら運営していました。物一つ買うにも罪悪感が付きまとっていましたね。

ーーそういった中でも、続けてこられた理由を教えてください。

努:やっぱり、お客様が撮影されている姿を見たときにいいなって思ったからでしょうか。長い間、芸能や広告の世界にいると、プロのモデルや芸能人の方達は綺麗にメイクしてもらえること、綺麗に撮ってもらえることが当たり前って感じが分かってくるじゃないですか。もちろん、綺麗にすることが仕事ですから嫌というわけではないんです。

ただ、スタジオに来られるお客様は毎回、感動を表に出してくれて。仕事の都合で写真を撮らざるを得なく、はじめは表情が暗いお客様も、最終的には楽しかったと言って帰られるんです。その日々の嬉しさの積み重ねが続けてこれた理由かな。

ーー仕事も軌道に乗りつつあった2024年12月、努さんが2度に渡りガンに罹患したとお聞きしました。

MOU:昨年、努くんはずっと体調が悪くて仕事中も身体が痛い痛いと言っていたんです。最初に診てもらった病院で治療をしても良くならず、セカンドオピニオンで訪れた病院でガンが発覚したんです。それを聞いたとき、僕の方がビビっちゃって。日本では婚姻関係にないとICUに入室することや、病状説明の立ち会い、治療方針の同意へのサインが難しく、立ちはだかる壁が多くてかなり不安な思いをしました。

その不安を解消するには福岡県のパートナーシップ宣誓制度を利用するしかなく、バタバタと努くんの入院前日に2人で県庁を訪れました。僕たちが通されたのは、県庁の奥の狭い倉庫のような一室。多様性を謳ったポスターが無理くり貼られ、とても祝福するような空間ではありませんでした。

担当して下さった職員の方も「誰の目にも触れませんから」と、僕たちの思いを汲み取る様子はなく、事務的に処理されたことに違和感を抱きました。僕たちの場合は制度を利用せざるを得ない状況での宣誓でしたが、心からパートナーシップ宣誓をしたいカップルだったら、ああいった場所で行われることは悲しい思いをするだけかと。

ーー入院後はどのように過ごされたのでしょうか。

努:幸いにも早期発見だったことから、手術すれば問題ないと言われ、術後間もなく退院しました。ただ、今度はずっと口内炎が治らなくて。たまたま、テレビで“治らない口内炎の症状は危険”という情報を目にしていたので、口腔外科に行くと舌ガンと診断されたんです。

転移ではなく、原発性のガンでした。こっちのガンはステージ1にも満たない進行状態だったので、3月に舌の一部を切除する手術をして、今のところは何事もなく過ごせています。

ーー出会いから15年。公私をともにするパートナーとして挙げた「ボーダーレスウェディングパーティ」を経て、思うこと

ーー別れと再会、起業、闘病と様々な経験を経て、2025年6月1日にボーダレスウェディングパーティの開催に至ったわけですが、どういったきっかけだったのでしょうか。

MOU:ウェディングパーティをプロデュースしてくれたLa poche Wedding(ラ・ポッシュ ウェディング)の服部さんとは仕事でお付き合いがあったのですが、ある日「結婚式しませんか?」とお誘いを受けまして。僕は構わなかったのですが、努は嫌だろうなと思っていたら「やろっか」と言ってくれたんですよ。

努:MOUちゃんがやりたいだろうなと思ったし、正直にお話しするとスタジオのPRにもなると考えたんです(笑)。

ーーボーダレスウェディングパーティということでしたが、コンセプトを教えてください。

MOU:結婚式って、招待されたら断りづらいような空気があって、ちょっと窮屈に感じることもあるじゃないですか? だったら、お祝いしたいと思ってくれる友人や親族、初対面の方も含めて来てもらったほうが良いよねってなって。結果的には180人ほど参列してくれて、皆さんの前で自分たちで作った指輪の交換や誓いのキスをはじめ、2人の人生を振り返る時間、LGBTQ+コミュニティに対しての思いなんかも話させていただきました。僕らが堂々と挙式できたのは、世界中のLGBTQ+コミュニティに属する先人たちが闘ってきてくれたおかげなので。

同時に自分たちが結婚式を挙げたという事実が日本のLGBTQ+の現状を良い方向に変えるきっかけになったらと思います。むしろ、自分達の幸せ云々より、その思いの方が今は強いですね。

ーー式の最中、何を感じていましたか。

MOU:ウェディングプランナーとして数多くの結婚式に携わってきましたが、やっぱり自分自身が主役になって式を挙げてみないと感じられないことってあるんですよね。自分がどれほど周りの人間に愛されているのか再認識できましたし、2025年6月1日以上に幸せな日は後にも先にもないと思えるほど、人生で一番幸せな日でした。

努:参列してくれた方達がとにかく写真や動画をたくさん撮ってくれて、異なるコミュニティの友人同士が繋がる瞬間も生まれてとても良い空間でした。特に何かが大きく変わったってことはないんですけど、MOUちゃんとはずっと一緒にいるんだろうなと、より強く思うようになりました。

ーー最後に節目を終えた今、思うことを教えてください。

MOU:5年前から公私を共にしてきて、家族であり、恋人であり、同僚であり、ときに親子のような関係性だと感じることもあるし。それほど長い間、そして濃い時間を過ごしてきたのだなと感じているところです。若い頃はゲイということを隠すために小さい嘘をたくさん積み重ねて自分らしさを失いかけることもありました。ただ、努くんは何一つ自分を偽ることなく、親や兄弟をはじめ、周りの人たちと接していて、その姿に影響されて自分らしく生きる道を歩き始めることができたんです。

それからは生きるということが、どんどん楽しくなって。努くんと互いに足りないところを補いながらも自分たちの幸せのために一生懸命頑張ってきました。これからの人生後半戦は自分たちの幸せを追求しながらも、LGBTQ+コミュニティはもちろん、皆さんの幸せに繋がる発信やお仕事ができたらと思っています。

【同性婚Vlog】180人に祝福された結婚式|パートナーと歩む”ふたりらしい”人生の始まり【福岡・Studio Fiction】

◆撮影スタジオ「STUDIO FICTION」
ヘアメイク込みの写真撮影をはじめ、映像、空間コーディネート、プロデュースなどを扱う撮影スタジオ。
https://www.studiofiction.art/
Instagram@studiofiction2022

住所:福岡県福岡市中央区大手門1丁目8-20朝日プラザ大手門301号
料金:宣材・プロフィール写真撮影プラン ¥22,000~(税別)ほか、複数プランあり
予約専用ダイヤル:070-8536-8813

◆吉田努/STUDIO FICTION代表、ヘアメイクアーティスト
福岡県出身。高校卒業後、美容専門学校へ入学。在学中からヘアメイクアシスタントとしてキャリアを積む。卒業後はヘアメイクとして独立し、雑誌や映画、広告、世界的ファッションブランドのコレクションに携わる。2022年に福岡県中央区にオープンした撮影スタジオ「STUDIO FICTION」でヘアメイクを担当するほか、ファッションスタイリストや空間デコレーターなど幅広く活躍している。

◆MOU/STUDIO FICTION代表、フォトグラファー
福岡県出身。高校卒業後、服飾専門学校へ入学するも中退。その後、大阪で発行されていたフリーペーパーの編集を経て、KADOKAWAへ入社。タウン情報誌の編集業務に約7年従事した後、ウェディングプランナー、ブライダル専門学校教員として計15年のキャリアを積む。2022年に福岡県中央区にオープンした撮影スタジオ「STUDIO FICTION」で撮影を担当するほか、イベントオーガナイザーや映像クリエイターとしても活躍している。

◆La poche Wedding
結婚式らしく、女性らしく、男性らしく…『〇〇らしく』ではなく、貴方『らしさ』を大切にした結婚式やParty・weddingphotoをプロデュース。
Instagram@lapoche_wedding

画像提供/STUDIO FICTION
取材・文・編集/芳賀たかし
記事制作/newTOKYO

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