【9月6日(金)公開映画】同性愛が犯罪とされていた、19世紀の帝制ロシアが舞台『チャイコフスキーの妻』。夫を盲目的に愛した“世紀の悪妻”アントニーナの悲劇

19世紀ロシアの天才作曲家ピョートル・チャイコフスキーと、彼を盲目的に愛した妻アントニーナの伝記映画『チャイコフスキーの妻』が9月6日(金)に公開される。ロシアではタブー視されてきた、チャイコフスキーが同性愛者であるという事実を明確に描き、フランスで大ヒットを記録した伝記映画。

チャイコフスキーは自分を熱烈に愛してくれる女性アントニーナと出会い、世間体を気にして結婚した。しかし、結婚生活はすぐに破綻するどころか、アントニーナという存在を煩わしく思うばかり。ついに彼は急な仕事と嘘をついて、家に帰ることはなかった。それでも、アントニーナは真実から目を逸らし、彼を盲目的に愛し続けるのだがーー。

ーー「世紀の悪妻」という汚名を着せられたアントニーナの、狂気の愛を描く。

本作品はチャイコフスキーの死から始まる。彼の死んだ姿を目の前にしたアントニーナは悲嘆に暮れるが、死んだはずのチャイコフスキーは立ち上がり「なんであいつがいるんだ?」と、彼女を叱責する。この一言により、これまでの彼を一途に愛する“良きパートナー”としての彼女のイメージは崩壊し、映像は2人の関係性の始まりへと巻き戻される。

チャイコフスキーの好みが別のところにあることは、一目瞭然だ。なぜならば、彼は男性しか愛したことがなかったからだ。とはいえ、舞台は19世紀後半のロシア。同性愛は違法とされ、男女の格差も著しい時代だ。チャイコフスキーは、彼自身の人生に結婚という選択肢以外の道はないと考えていたに違いない。

実際に1868年には、(作中には描かれていないものの)歌手のデジレ・アルトーと婚約していたことからも、同性愛を“克服”しようと取り組んでいたとされる。アントニーナからの求婚を受け入れた理由は明らかではないが、彼自身、世間体を気にして女性との結婚を本気で考えていたのではないだろうか。

ーー偉大な天才作家・チャイコフスキーを讃えるのではなく、アントニーナの視点で描かれる斬新さ

本作品で印象的だったのは、同性愛について直接的に触れられていないことだ。彼のセクシュアリティが公然の秘密であったことは間違いないが、作中ではアントニーナとの結婚がいかに大失敗に終わったかに焦点が置かれる。

キリル・セレブレンニコフ監督がインタビューで「アントニーナ視点から物語が展開するので、私たちがチャイコフスキーについて知ることは彼女が知っていることに限られます。そうであることが私には重要でした」と語るように、映画は偉大な天才作家・チャイコフスキーを讃えるのではなく、捨てられたアントニーナを視点とした不穏な物語を描くことで、問題を抱えたアウトサイダーの側に寄り添った内容となっている。

直接的な描写がないとはいえ、同性愛嫌悪が同性愛者を悲惨な境遇に追いやり、女性の法的地位が低く市民権をほとんど与えなかった19世紀後半についての映画であることは明らかだ。

歴史や同性愛、権力など、19世紀ロシアを多角的に描いたことも高く評価されている本作。2時間40分という上映時間の中で、物語は現実と幻覚の境目を目まぐるしく行き来する。現実を突きつけられたアントニーナの妄想と狂気的な愛。彼女は崩壊してしまうのか、それとも傷ついた状態から這い上がるのかーー。

■チャイコフスキーの妻
2024年9月6日(金)より新宿武蔵野館、シネスイッチ銀座、アップリンク吉祥寺ほか全国ロードショー
https://mimosafilms.com/tchaikovsky/

監督・脚本:キリル・セレブレンニコフ/出演:アリョーナ・ミハイロワ、オーディン・ランド・ビロン、フィリップ・アヴデエフ、ユリア・アウグ 2022年/ロシア、フランス、スイス/ロシア語、フランス語/143分/カラー/2.39:1/5.1ch/原題:Tchaikovsky’s Wife/字幕:加藤富美/配給:ミモザフィルムズ  ©HYPE FILM – KINOPRIME – LOGICAL PICTURES – CHARADES PRODUCTIONS – BORD CADRE FILMS – ARTE FRANCE CINEMA 

文/Honoka Yamasaki
記事制作/newTOKYO

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