〇〇な彼〜ミスマッチなふたり〜 #01「正解」な彼

18歳になってすぐにゲイバーに通うようになった。
発展場にも毎週のように通い、アプリでも毎晩違う男を誘った。
ゲイバーに行けば必ず誰かが奢ってくれた。
発展場で相手に困ることもなかった。
アプリでは次々とメッセージが来た。

僕は自分の若さが武器になることをしっかりと理解していたし、それを最大限に使うことを躊躇わなかった。学校では味わえない、ちやほやされる感覚がたまらなかった。

ただ、同年代の友人と恋愛の話をするとき、自分の中にも確実に恋愛に対する憧れがあることに気付いていた。誰か一人を大切にしたいし、大切にされてみたい。友人にこれを話すと、みんな口を揃えて「お前には無理だろ」と笑った。

両手ほど歳の離れた彼とは、3回目に会ったときに告白されて付き合い始めた。

特別どこかに惹かれたわけではなかった。車通りのない夜道、赤信号で当たり前のように立ち止まる彼が僕の求めていた「正解」だと思ったのだ。身体を重ねる前に告白してきた彼の誠実さに、今までの男たちとは違うものを感じたのかもしれない。

「あ!ほら!かもめ!」
彼は嬉しそうに声を大きくして言った。

僕は彼の言葉に反応せず、視線だけを移した。

待ち合わせを豊洲駅に指定された時点で、僕は少し苛立っていた。絶妙にアクセスが悪く、楽しめる場所と言えばららぽーとと公園だけ。

「豊洲で散歩しない?」と提案されたとき、彼が何を大事にしているのかわかった気がした。それが自分の求めている「正解」に限りなく近いことも。

ただ、実際に「正解」のデートを提案されると、とてもつまらなく感じた。散歩しながら話す、それだけならホテルに行ってセックスをする方がよっぽど有意義だと思った。

案の定、ららぽーとでウィンドウショッピングをしたあと、目の前の公園に連れて行かれた。ららぽーとで一緒に服屋を見て回る中で、僕はしきりに「これ可愛い」「買おうかなぁ」と口にした。

別にそれらが本当に欲しかったわけではない。ただ、「買ってあげようか?」と言ってもらうことで、愛されている実感が欲しかった。

しかし彼は「たしかに似合いそう」と僕の求めていない褒め言葉を繰り返すばかりだった。そんな彼にも苛立っていた。

「ここからの夜景も綺麗なんだけど、この時間帯も時間がゆったりしていて好きなんだよね」

公園の芝生に腰をかけ、子どものように無邪気に好きなものを伝えてくる彼の眼差しに、自分の中の空っぽな部分が見透かされた気がして慌てて目を逸らした。

「学校の授業はどう?」
「バイトは辛くない?」
「旅行に行くとしたらどこがいい?」

彼は多くの質問を投げかけてくれた。ただ、僕が彼に聞きたいことは何一つなかった。

帰り際、彼はどこか恥ずかしそうに「付き合って1ヶ月だから」と紙袋を渡してきた。僕は過剰なほどに喜んだフリをして、精一杯の笑顔を向けた。

29歳の男が1ヶ月の記念日を祝うことに、自分の中の熱が完全に冷え切るのを感じた。

彼とは別のホームだったが、彼が乗るホームまでついて行き、電車の中から手を振る彼の姿が見えなくなるまで笑顔で見送った。

ホームのベンチに座り彼からのプレゼントを開けると、中には一冊の本が入っていた。読書が好きだと言う彼に合わせた嘘を、彼は覚えていたのだろう。

「正解」ならではのプレゼントだと思う。
紛うことなき「正解」だ。
ただ、僕は「正解」では満足できなかった。
刺激が足りなかった。

帰りの電車の中でLINEを開き、別れたい旨を簡潔に送った。
そのまま静かに彼の連絡先を消した。

本当はもうわかっていた。
いつしか憧れが憧れではなくなっていることを。
憧れを語るには、汚れ過ぎてしまっていることを。
自分の憧れを、自分が一番笑っていることを。

もう変われないのだろうか。
もう変われないのだろうな。

もう二度と手に入らない純情を前に不思議と虚しさはなく、彼に対しての少しばかりの罪悪感があるだけだった。

彼に内緒で続けていたアプリを開こうと思ったが、思い直して本を開いてみた。

◆〇〇な彼〜ミスマッチなふたり〜
Twitterやnoteなどで創作・発信をしているショートショートが、度々話題となっているやなの短期連載。毎回、東京のどこかであったかもしれない「僕」と「彼」のミスマッチングな恋をつづる。

文/やな  Twitter@ ariwara_no
イラスト/内堀深朔 Instagram@minola1216

記事制作/newTOKYO