日本テレビ系列にて放送中の報道番組『news zero』。オープンリーゲイでカルチャーを主に担当するプロデューサー・白川大介さん(左)とLGBTアライのディレクター・菊地庸太さん(右)は、“ニュースを「じぶんごと」に”という番組テーマの下、これまで「ひとごと」だと思ってしまったかもしれないニュースを「じぶんごと」と考えられるような、きっかけを伝え続けてきた。
今年から新たにスタートさせたnews zeroの新配信番組『Update the world』では主に、SDGsの17の目標から導いた現代社会の課題にフォーカス。視聴者とインタラクティブなコミュニケーションが可能なライブ配信で、価値観をアップデートするという切り口が注目されている。
様々な人、そして事実と向き合ってきた二人の目には今、「LGBT」というトピックスはどのように映っているのか。当事者間でもよく見聞きする“「LGBT」という言葉は必要か否か”という話から、マスメディアの観点から言葉の在り方についても伺った。
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今はまだ、使用せざるを得ない時代。マスメディアにおける“LGBT”という言葉との向き合い方。
ーーマスメディアに身を置くお二人が「LGBT」という言葉をどのように捉えているのか、とても興味深いです。
菊地さん:まず、報道番組の原稿を書く立場にある以上、言葉はすごく大切にしています。それを前提としてLGBTについてお話しすると、「LGBT」という言葉があることが、とても良いことだなと思うんです。現に同性婚、シスジェンダー・トランスジェンダーといったセクシュアルマイノリティに関連する言葉を当初は正しく理解できていなかった私は、それらの言葉を目にする機会があったからこそ、LGBTアライの記者として当事者や各イベントへ取材に出向き、テレビを通して事実を伝えられている今があります。
一方、このようなトピックスを扱う際に枕詞のように「LGBTの~」「”ゲイ”のカップル」といった言葉をメディアが使用することで、当事者を“普通ではない存在”と線引きしてしまっているのではないかという意見も一定数あります。私たちも、その気持ちが決して分からないという訳ではありません。
ただ、報道とは何のために、誰のためにあるべきか考えた時、その事柄に対して全くの初見であったり、無関心だったりした人に事実を知ってもらうきっかけを与えることが大切な使命だと思っています。そういった点で考えると、まだまだLGBTヘの理解が過渡期である2021年において、存在や言葉の意味を理解してもらうには、それらの言葉を使用せざるを得ない時代だと感じています。
ーーゲイであることを公表し報道する立場にもある白川さんにとっては、当事者性が強いお話だと思いますが、どのようにお考えですか?
白川さん:菊地の話にもありましたが「伝える」という仕事をしている中で、「LGBT」と「そうではない人」と線引きをする、あるいはマイノリティ化してしまう表現への葛藤はありながらも、今は段階として必要なことという気持ちの方が強いです。人間って言葉にしないと理解できないことは必ずあると思うんですよ。
例えば、僕が10代だった頃であれば、「同性愛」と調べると“変態”とか“異常性欲”と表現されていたこともありました。今の状況は、そういう時代を経て、フェミニズムやクィア・スタディーズの先人たちがさまざまな「言葉」や「理論」を使って切り開いた土壌の上に築き上げられた年という捉え方もできると思っています。「LGBT」という言葉が使われるようになると同時に、社会の変化もあり、ニュースで性的マイノリティについて伝えられる機会も以前より多くなりました。関心が薄い人たちも、「LGBT」などの言葉で様々な出来事が伝えられてきたことで「どうやら、LGBTと言われる人たちがいるらしい」と、性的マイノリティの問題について認識し始めた部分があると感じているんです。
いつか、日本で同性婚ができるようになるなど、今「LGBT」と呼ばれている人たちの存在がすべての人にとって当たり前になれば、ひょっとしたらセクシュアリティは出身地や血液型と同じようにフラットに扱われる時代になるかもしれませんが、今は少しでもフラットな状態に近づくように、言葉を通して伝えていくことが何より意味のあることだと思っています。一方で、ひとつひとつのニュースに関して、本当に「LGBT」という言葉で表現するべきなのか、これはトランスジェンダーの話じゃないか、これは同性カップルに関することじゃないか、という点には気をつけて丁寧に伝えていきたいと思っています。
ーー当事者の感情への配慮も考えながら、現代の言葉で事実を伝えることに徹するというのが今の時代は大切なことということですね。
菊地さん:言葉は時代を反映するもの。10年後、20年後の若者が「この時代には、こんな言葉があったのか」と振り返れるよう、事実を残していくことに意味があるのではないでしょうか。
その上で「やっぱり、こういう表現は良くなかったかもしれない」「この言葉があったからこそ理解や認知が進んだ」と後々振り返り、また次の時代に進んでいくという形にしないと、その時代に生きた人たちの存在が、なかったことにされてしまう可能性がある。未来のために現代の言葉で記録していくことが、在るべき姿だと思っています。
白川さん:僕が働き始めた2000年代前半というのは、テレビ業界における性的マイノリティは“テレビで面白いことをする人”のイメージがほとんどでした。LGBTという言葉もほとんど浸透していなかったので、主に“オネエタレント”と呼ばれていた方たちですね。当時は、男女や人種などにおいて今の感覚で考えると問題のある表現もあった時代。ゲイである僕自身すら、そのことは「仕方ないこと」と考えてしまっていました。当時僕は報道の分野で働いていませんでしたが、性的マイノリティについて真面目に取り上げる企画は報道でもかなり少なかったと思います。
それからおよそ20年が経過して、SDGs(持続可能な開発目標)の文脈でジェンダー平等に関しても自治体や企業がアクションを起こしている今は、社会が新しい道を歩み始めた変革の時期と言えます。日本テレビでも5月31日から『Good For the Planet』という各番組がSDGsや地球環境について考えるキャンペーンウィークがスタートします。
菊地のような当事者ではない記者がLGBTアライという立場から関心を持って取材するというのも、今の時代らしいと思います。一過性のムーブメントにしないためにも、メディアに携わる人間として、その時伝えるべきことを伝え続けていくことが大切なことだと思っています。
ーー最後に今後、日本が次のステップへ進むために報道という立場から取り組んでいきたい事があればお聞きしたいです。
菊地さん:このタイミングだからこそ何か新しいことに取り組もうという気持ちはなくて、これまでの取材を通して感じた様々な反省点も踏まえ、報道というメディアが与える世の中への影響を考慮しながら、取材にご協力くださった本人がしっくりくる表現で思いや事実を伝え続けていきたいです。
組織内の話で言えば、白川以外にLGBT当事者がいないとは到底言えない人数が勤務していますので、当事者も非当事者も、より気持ちよく働ける環境作りという点で、私にできることがあれば手伝えたらと考えています。
白川さん:自分が担当している配信番組『Update the world』は様々なテーマに関する価値観をアップデートするというコンセプトで制作しているのですが、先日、ミックスルーツ(多様な国や文化に複数のルーツを持つ人のこと)の方たちが、どういう言葉や表現に傷ついているかについて聞いたときは、気づきの連続でした。
自分はセクシュアルマイノリティという分野については当事者なので、そのジャンルに関しては「踏まれて痛い」部分がわかります。かと言って異なる側面でマイノリティとされる人の「踏まれて痛い」部分に自動的に優しくできるのか?と問われると、決してそうではないんです。どんな人でも、日頃から違った立場の人の思いにアンテナを張り、常に想像するクセがつく事で、みんなにとって「やさしい社会」へとアップデートされていくと思っています。『Update the world』と、地上波の『news zero』を通してこれからも様々なテーマで考えるきっかけを提供し続けていきたいです。
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■ 日本テレビ/Good For the Planet
“今からスイッチ”をテーマに5月31日(月)~6月6日(日)の期間で行われる、日本テレビの参加番組を通してジェンダー平等の実現などを含む17のSDGsに関連したトピックスを取り上げるキャンペーンウィーク。
https://www.ntv.co.jp/goodfortheplanet
■ Update the world
SDGsをヒントに、日本と世界のこれからを創る10代~30代の「未来世代」と、価値観をアップデートするきっかけを考えていくnews zeroのネット配信番組。「海と水の環境のためにできること」がテーマの次回は、5月29日(土)19時から。「LGBTQ」をテーマにした第1回のアーカイブなどは番組公式サイトから視聴可能。
https://www.ntv.co.jp/utw/
Twitter@updatetheworld4
インタビュー・取材/芳賀たかし
写真/新井雄大
記事制作/newTOKYO