映画ライターのよしひろまさみちが、
今だからこそ観て欲しい映画をご紹介するコラム
今回は号外。先日行われた第96回アカデミー賞作品賞
ノミネート作品を「多様性」という観点から振り返る
現地時間3月10日に開催されたアカデミー賞授賞式。日本で話題になったのは、受賞した日本映画2作品ばかりだったけど、それ以外でもかなり大きな動きがあったんですよ。思い返すこと6年前の第90回アカデミー賞授賞式。『スリー・ビルボード』で主演女優賞を獲得したフランシス・マクドーマンドのスピーチで「今夜伝えたい言葉はインクルージョン・ライダーです」と言ったことがきっかけで、今年のアカデミー賞から作品賞に応募する作品の資格基準が変わったんですよ。しれっと。
インクルージョン・ライダー。なんじゃそりゃ。6年前も一気に検索されたんですが、BBC NEWS JAPANを引用すると「俳優が出演契約を結ぶ際に付帯条項(rider)の追加を要求し、職場の包摂性(inclusion)を確保しようというものだ」(※1)。うーっん、全然わからない。
わかりやすいのはこっちかな。パラサポWEBであたしと同業の小西未来さんが言ってることを引用。「映画作りとはあまり関係ないことを契約条件に追加することがあるんですよ。それがライダー。言ってしまえば、スターのわがまま」(※2)。
要は「多様性、多様性っていってるけど、いったところで変わらないじゃん!」→「だったら規則作ったほうがいいわ。それもスターが条件出しちゃうの」→「いや、そもそもあったわ」→「だったら利用しましょう」ってことです。これなら分かるでしょ。あたしもこれでストンと落ちました。
ということで、アカデミー賞を主催するアメリカ映画芸術科学アカデミーが正式にリリースしている基準「Academy Aperture 2025」(PRIDE JAPANが訳してくれてます(※3))をクリアしないと作品賞の応募資格はねぇぞ、ってことになるというわけ。それが今回のアカデミー賞からスタートしたんです。
規則を決めたのは2020年、施行まで4年。映画作りってすごく時間のかかるもので、たとえば2020年に製作を始めたものは、早くて2〜3年で完成するんですね。なので、この時間のかけ方も順当。というよりは、かなりスピーディ。で、それを踏まえた上で今年の作品賞候補をみるとなるほどなの。
受賞した『オッペンハイマー』やバーンスタインの伝記『マエストロ:その音楽と愛と』は白人の伝記だからキャストが白人メインになってしまったのは仕方ないとして(とはいえスタッフはカラフルよ)、外国語映画の『関心領域』や『落下の解剖学』、監督も含めアフリカ系がメインの『アメリカン・フィクション』、アジア系がメインの『パスト ライブス/再会』、18禁映画だけどファンタジーでなんでもアリな『哀れなるものたち』、それにこの基準が全部盛りの『バービー』と『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』、『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』。ほぉ……たしかに。特に『落下の解剖学』や『バービー』『哀れなるものたち』には物語自体にクィアの要素が入っているので、マジ納得のラインナップ。
そもそもちょっと変わってきたのは2020年からっていってもいいかもしれないですね。なんせ受賞したのは『パラサイト 半地下の家族』ですから(ただ、他の候補作品はかなり従来どおりの白すぎるオスカー的)。候補入りするほどのクオリティと人気が、じわじわとアジア系の作品に出始めつつ、23年にはハリウッド製アジア映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』が獲得。そのいっぽうで、多言語の『コーダ あいのうた』や『ドライブ・マイ・カー』などにもスポットがあたるようになったり。
本当に自然発生的にじわりじわりと変わってきたところで、今年の施行。この間にコロナ禍があったり、#MeTooやBLMがあったりして、自然と作品で「マチズモやレイシズムにノー!」と表現しやすくなった、ということがありましょう。ほんと大事。マクドーマンドぱいせん、いいことアピールしてくれてありがとー。
で、問題は日本です。この基準そのままを、たとえば日本アカデミー賞に導入できるか、と聞かれたら「まず無理」としかいいようがありません。なぜなら、これを導入して商業映画を作るゴーサインを出す親玉がいない。ええ、そうです。金を出すところがOKを出すはずがないってこと。もっというと、インクルージョン「ライダー」は、スター側が強いハリウッドだから通用するシステム。日本のように、タレントよりも事務所の方が力を持っていること=スターには作品作りの根幹に関わるわがまま発言権はないわけです。なんなら、事務所が製作委員会に入ってたりするもんだから、パワーバランスがぜんぜん違う。
しかも、映画は商売ですし、なんなら、日本アカデミー賞は「商業映画のための賞」みたいなもんですから、なんぼクリエイターが「これでいきたい!」っていっても、投資する製作委員会が通らない。いや、むしろ通るようなプロデューサーがいたら、それはそれで先見の明アリ! で、めちゃ評価上がりそうですが。少なくとも、現状では無理でしょう。
だったらどうするか。芸能界の仕組みがすぐに変わるはずがないので、プロデュースする人たちの意識がインクルージョンを実践する方向に傾かないといけません。そのために我々ができることは、今までのように「あぁ、この人分かってないけど、言ってもしゃーないか……」とぼんやり見過ごすのではなく、いいもんはいい、違うもんは違う、とはっきりYES/NOを突きつけること。できちゃったものに対してしかできないことですが、それでもやるしかない。
■よしひろまさみち
様々な媒体で編集・執筆のほか、連載も多数かかえる映画ライター。テレビやラジオなどでも独特の切り口でマルチに活動し、日本テレビ「スッキリ!!」では10年間に渡って映画紹介のレギュラーを担当した。
参照
※1「米アカデミー賞で話題の「インクルージョン・ライダー」とは?」(2018-03-06)
https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-43297311
※2ハリウッドの新常識「インクルージョン・ライダー」がスポーツ界にも!(2020-08-28)
https://www.parasapo.tokyo/topics/27360
※3「アカデミー賞が多様性に配慮した作品賞応募資格の新基準を発表、2024年から適用」(2020-09-09)https://www.outjapan.co.jp/pride_japan/news/2020/9/10
文/よしひろまさみち X@hannysroom
記事制作/newTOKYO