
2026年9月25日から日本でついに公開された映画『3670』。そんな本作で描かれるのは、「脱北者」と「性的マイノリティ」という二重のラベルを背負った青年が、ソウルの街で直面する等身大のリアルだ。
「社会派」や「LGBTQ+映画」という枠組みをこえて、この作品が僕たちの心を揺さぶるのは、スクリーンに映し出される孤独や人間関係の危うさが、どこまでも自分ごととして迫ってくるからであろう。鐘路(チョンノ)三街や新宿二丁目を夜な夜な彷徨う僕たちにとって、これは他人事なんかじゃないのだ。
当事者として「痛いほどわかる…」と胸を突かれたり、知られざる感情の機微に心を寄せたり、この映画で誰もがそれぞれの温度で抱きしめられる「何か」を見つけられるハズ。
今回、日本公開にあわせて来日したパク・ジュンホ監督と主演のチョ・ユヒョンを編集部がキャッチ!節々に見せるチャーミングな佇まいにキュンとしつつ、制作の過程や背景にある熱量やその源泉、役に対する深い愛、映画のリアリティを支えた個人的な体験について話を聞いた。

――「脱北者」かつ「ゲイ」という“ダブルマイノリティ”をテーマに、主人公・チョルジュンの物語を描こうと考えたきっかけからお聞かせください。
パク・ジュンホ監督(以下:パク・ジュンホ):私は以前、脱北者の方々を支援するボランティア活動をしていた経験があり、それが制作のベースになっています。そこで出会った学生たちと接するなかで、「この中にも、性的マイノリティ当事者がいるのではないか」と考えるようになりました。
私はアメリカの大学で英文学を専攻していたのですが、現地ではダブルマイノリティを扱う作品が比較的多く存在します。そのため、この設定自体を必要以上に特別なものとしては捉えていませんでした。
また、映画の中で韓国のゲイコミュニティを描くにあたり、チョルジュンという脱北者の視点を借りることで、ゲイコミュニティになじみのない観客も彼と同じ目線でその世界に入り込めるのではないかと考えたのです。観る人が初めてこの世界に触れる際の、道しるべになればという思いもありました。
――実際、韓国において「脱北者でありゲイである」という人々は、どのような現状に置かれているのでしょうか? 偏見なども存在するのでしょうか。
パク・ジュンホ:実際問題として、脱北者であり性的マイノリティでもあるという“二重の当事者”に私自身が直接会ったことはありません。
そもそも脱北者自体の数が多くないためです。「そういった人に会ったことがある」という話は聞いたことがありますが、定期的にお付き合いがあるわけではなく、たまたま出会った程度の関係性のようでした。想像するに、脱北者という背景を持ちながらゲイコミュニティに入り込んでいくのは、決して容易なことではないはずです。
――それは具体的にどういった点において困難なのでしょうか?
パク・ジュンホ:韓国のゲイ文化の特徴でもありますが、コミュニティ自体がそこまでオープンではありません。脱北者に限らず、外国人が新しく入っていくことすら非常に難しいのが現状です。
文化的な違いはもちろんですが、コミュニティ内で求められる特有のライフスタイルやファッション(装い)といった“暗黙のルール”が存在し、そこに馴染むのが難しいのだと思います。一言で言えば、構造的・文化的な参入障壁の高さですね。

「この役を演じ切りたい」手繰り寄せた、主人公チョルジュンの孤独
――主演のチョ・ユヒョンさんと、キム・ヒョンモクさんをキャスティングされた決め手について教えてください。
パク・ジュンホ:まずは設定したキャラクターに合致する俳優を探しました。チョルジュン役のユヒョンさんは、ソウル映画祭の「俳優プロジェクト・60秒独白(モノローグ)フェスティバル」のYouTube映像で拝見したのが最初の出会いです。イメージにぴったりだと思い、Instagramで直接コンタクトを取りました。
実際にお会いして台本を読んでもらった際、特に教会のシーンでの彼の言葉の伝え方が素晴らしかったんです。セリフの意味が彼自身の言葉であるかのように心に届き、「これほど説得力のある表現ができる方なら、必ず映画に力を与えてくれる」と確信しました。
ヨンジュン役のヒョンモクさんに関しては、元々俳優として存じ上げていました。明るさの陰に哀しみを潜ませているような“影”を表現できる方を求めていたのですが、ヒョンモクさんはまさにその佇まいを持っていました。劇中でも見せていますが、笑顔の裏にどこか寂しさを抱えているような表現が実にハマると思ったのです。

――オファーを受けて脚本を読んだ際、どのようなご感想を持たれましたか?
チョ・ユヒョン:まず、このようなオファーをいただいたこと自体が驚きであり、とても嬉しかったです。「詐欺じゃないか?」と疑ってしまったほどでした(笑)。
実際に脚本を全て読ませていただくと、非常に素晴らしくて。「この作品に携わることができたら自分にとって大きな機会になるのではないか」「何か素晴らしい物語が始まるのではないか」と期待に胸を膨らませて監督にお会いしました。
――社会的な背景を背負う非常に繊細な役柄ですが、演じるにあたってどのような思いや覚悟で臨まれたのでしょうか?
チョ・ユヒョン:当初は「自分にチョルジュンを正しく表現できるだろうか」という不安や悩みが大きくありました。ですが、それは同時に「この役を演じ切りたい」という自分の強い欲の表れでもあったのだと気づいたんです。
「この人物をどう解釈し、監督が伝えたい思いをいかに受け止めるか」と深く向き合っていく中で、少しずつチョルジュンという存在に歩み寄り、彼と一つになれたような感覚がありました。
壊れやすいからこそ愛おしい。生々しい関係性にある“救い”
――劇中ではLGBTQ+コミュニティの明るい側面だけでなく、ルッキズムや表面的な人間関係、感情のもつれといったシビアで生々しいリアリティが見事に描かれていました。取材やリサーチはどのように行われたのでしょうか?
パク・ジュンホ:実際には、私自身や身近な友人たちの間で実際に起きた出来事をベースにしています。取材やリサーチというよりは、自分たちのリアルな体験をストーリーに落とし込んだという形です。
実際に韓国で公開された際、ゲイコミュニティの方々から「自分も経験した」「どこにでもあるリアルな話だ」「実際にヨンジュンのような人に会ったことがある」という声を多くいただきました。「あまりにリアルすぎて直視するのが辛かった」と言われるほどでしたね。

――役作りにおいて、コミュニティのリアリティを出すために工夫されたことはありますか?
チョ・ユヒョン:役作りの段階では、「自分が脱北者やゲイの当事者全員を代弁しなければならない」とは考えていませんでした。ただ、ゲイコミュニティにおける独特の人間関係など、自分に知識がない部分については、監督が丁寧に説明してくださいました。特に「人間関係の壊れやすさ」といったセンシティブな空気感を監督との対話を通じて心で受け止めることができ、それが自然と役作りに反映されていったと感じています。
また偶然にも、私の身近にゲイカップルの友人がいて、本作に出会う前からよく一緒に遊んだり話を聞いたりしていました。そうした日常の経験と作品のテーマが自然に結びついていった感覚があります。
少し付け足したいのですが、監督が仰っていた「壊れやすいからこそ、大切で愛おしい関係なのだ」という言葉は、今でも強く心に残っています。
――ヨンジュン役のキム・ヒョンモクさんとは、撮影現場やプライベートでどのように信頼関係を築いてかれたのでしょうか?
チョ・ユヒョン:
振り返ってみると、仲良くなるために特別なことをした記憶はありません。ただ、撮影前に初めて龍山(ヨンサン)駅の参鶏湯(サムゲタン)屋さんでお会いした時のことは鮮明に覚えています。
彼とは1991年生まれの同い年なのですが、初めて会った瞬間から不思議と親近感を覚えました。小柄で可愛らしい雰囲気が、自分が台本から想像していたヨンジュンそのものだったんです。
また、彼は私よりも演技経験が豊富でしたので、現場でも頼もしく引っ張ってくれました。彼を全面的に信頼してついていこうという気持ちで撮影に臨めました。
――本作はロゴデザインやポスターの制作にも、当事者の方々が関わっているとお聞きしました。制作陣のこだわりだったのでしょうか?
パク・ジュンホ:
はい。私としても可能な限り当事者の方々と共に作り上げたいという思いがありました。タイトルのロゴデザインはマイノリティのデザイナーさんが手掛けてくださり、ポスターに関しても、韓国で広く知られている当事者のデザイナーさんが情熱を注いで制作してくださいました。単に素材を渡すだけでなく、ポスター用に別途撮影を設けるほど熱量を持って取り組んでいただけたのは本当にありがたかったです。

――最後に、これから日本で本作をご覧になる日本の観客へメッセージをお願いいたします。
パク・ジュンホ:
鐘路(チョンノ)や梨泰院(イテウォン)といった韓国のゲイコミュニティの文化を、映画を通じて日本の皆さんに紹介できることを大変嬉しく思っています。日本にも新宿二丁目などの有名なコミュニティがありますので、日本の観客がどのように受け止めてくださるのか非常に楽しみです。
私自身、日本の映画やドラマが大好きで、日頃から注目して観ています。今回は自身の監督作品とともに日本を訪れることができ、感無量です。
チョ・ユヒョン:
私は今回、映画『3670』のおかげで初めて日本に来ることができました。ずっと来たいと思っていた国ですので、このような機会をいただけて大変光栄です。
日本の皆さんが韓国のゲイコミュニティのリアルを描いた本作をどのように感じ、楽しんでくださるのか、期待とワクワクした気持ちでいっぱいです。台湾や韓国でさまざまなカルチャーに触れてきましたが、日本のゲイカルチャーにも興味深々です。ぜひ日本の皆さんにも劇場でこの作品を楽しんでいただけたら嬉しいです。

◾️パク・ジュンホ(박준호)
韓国・麗水出身。韓国芸術総合学校にて映画演出を専攻し、在学中に短編映画『Almond: My Voice is Breaking』(2017)、『EUNSEO』(2019)を制作。脚本家として活動した後、長編デビュー作『3670』(2025)を発表した。本作で第62回百想芸術大賞・映画部門最優秀新人監督賞を受賞。
◾️チョ・ユヒョン(조유현)
1991年生まれ。短編映画と演劇の舞台を中心に活動してきた韓国の俳優。2021年のソウル独立映画「俳優プロジェクト・60秒独白フェスティバル」の映像を通じてパク・ジュンホ監督に見出され、本作『3670』で長編映画初主演を果たした。脱北者でありながら韓国のゲイ・コミュニティへ足を踏み入れていく青年チョルジュン役を、繊細な感情表現と静かな存在感で体現している。『3670』(2025)への映画出演のほか、ドラマでは、『京城クリーチャー』(2024)、『トランク』(2024)などに出演。公開待機作として、『롱 베케이션』、『코리언즈』が控えている。舞台俳優としても活動し、『죽음의 집』(2024)、『정글북:모글리의 파동』(2024)では主演を務めた。
◾️映画『3670』
監督:パク・ジュンホ
撮影:ハン・サンギル
出演:チョ・ユヒョン、キム・ヒョンモク ほか
配給:ショートレッグフィルム
2026年9月25日(金)より渋谷ホワイトシネクイントにて上映中。10月9日(金)よりアップリンク京都ほか順次拡大公開
取材/山﨑穂花
写真/萬砂圭貴
構成・文・制作/newTOKYO











