井上健斗のカルペディエム Vol.4/男性器を持たない僕は…本当に男性なのか?

ペニスがなければ男じゃない!
僕のことを良く知らない人から、そう言われることがしばしばある。そんなデリカシーのない言葉で今更傷つくことはないし、他人からどう見られても良いと思っているので、あえて「僕は男性だ!」などとは言い返さないようにしている。

ただ「僕は本当に男性なのか?」と改めて自分に問うと、なんだかしっくりこない部分もあって、「場面による」と言う曖昧な言葉しか出てこない。

だけど最近、歳を重ねるにつれてその理由がはっきりしてきたので、今回は「僕は本当に男性か?」と思い始めたきっかけと、僕なりの答えについて書いていこうと思う。

女性社会から、男性社会への移行
僕が社会人デビューしたときは、まだカミングアウトしておらず(ビビッてできず)女性のままだった。

ホルモン投与を始めたのが22歳で、3年かけて性別適合手術を受け、今から10年前、僕が25歳の時に戸籍上の性別を女から男に変更した。

自分が本当は男なんだと確証して戸籍を変えたのに、「僕は本当に男なのか?」という疑問が初めて頭をよぎったのは、なんと男風呂デビューの日!

当時、僕が働いていた職場は、小さな株式会社の飲食店。少人数の組織で、社長も社員もアルバイトも、ほとんどが20代の若手男性メンバーだった。 無事に手術を終えた時、お祝いを兼ねて温泉に連れて行ってくれることになった。

男風呂デビューと丸出しへの不安
デカデカと「男」「女」と書かれた暖簾。
自分が堂々と男湯の暖簾をくぐれる日を迎えられたことは、シンプルに嬉しかった。

僕の場合は、戸籍変更をしていても男性器の形成手術はしていない(ペニスがない)ので、流石に堂々と丸出しにして入ることはできない。そんな不安を察した先輩が「最近の若い人は、タオルで隠す人多いから大丈夫だよ!」と言ってくれた。

そんな先輩たちに背中を押され、意を決して男湯の暖簾をくぐると…想像より全裸率高めでほとんどの人が隠さずにオープンだった。 「あ、これはやばい!」と一瞬でひるんだものの、いまさらやめますとは言えない。空気を崩すまいと意を決して流れるがまま入る事になった。

脱衣所で気づいた、女性時代の刷り込み
幼少期も含めて女性社会で過ごした期間が長かったため、自分が男だと自覚はしていても「男同士の裸の付き合い」の経験がなかった僕にとって、男湯の脱衣所はものすごい抵抗感があった。最近は慣れてはきたが、実をいうと10年経った今でも多少の抵抗感がある。

「スカートの時は足を閉じなさい!」「女の子なんだから肌をはだけてはダメ!」女性社会で教わったつつましやかな大和撫子なルールが自分に染み付いていると痛感した。

気心が知れているはずの周りの仲間たちからも気まずい雰囲気が出ていた。「胸どうなってるの…?」「下ついてないんだよね…?」聞きたいけど聞いていいものか。見たいけど直視もできない。各々が気を遣ってくれている雰囲気だった。
そうだよな。そうなるよな。と思いつつ、胸オペの傷見ます?と自分から曝け出して自分と相手の緊張を解きながらなんとか脱衣所をクリアした。

男たちが浴室で下半身を隠す理由?
緊張しながらタオルで下半身を隠して浴場に足を踏み入れると、突然僕の背後で、パンッ!という大きい音が響いて、心臓が口から飛び出しそうになる。恐る恐る振り返るとおじいちゃんがタオルで下半身をパンパン叩いている。今でも不思議なのだが、あれはなんの意味があるのだろうか?

驚いた僕の反応が挙動不審すぎたのか、そのおじいちゃんが湯船に浸かりながらジーッとこちらを見ている。今思うと意識しすぎていただけかもしれないが、間違いなく僕の股間に視線がロックオン。身体を洗っているそばから変な汗をかいていた。

徹底して股間を隠すと「アイツ小さくて自信ないんだな」と逆に目立つという初体験に疲労困憊しながら、なんとか初男風呂デビューを果たした。もちろん行ってよかったし、みんなでお風呂に入れるって幸せだとも思ったが、ビビリの性格が相まって決して楽なものではないことを悟った。

◆ 戸籍だけは男? 男だけで、夜の街へ
その日の夜、決定的な出来事が起きた。
後日知ったのだが、それぞれの部屋に戻った後に、僕以外の男性メンバーが夜の街に繰り出していた。

あいつどうする?って言う話にもなったみたいだが、ぶっちゃけ僕抜きで様々な話をしたかったのだろうし、流石に誘いづらかったんだろう。

気を遣ってくれた部分も理解はできたが、やはり寂しかった。
この時、性別変更してもペニスがない僕は男性社会に馴染めるのだろうか?そんな不安と寂しさでいっぱいになった。

◆ 結局、ペニスがない僕の性別の答え
男女の二元論で、性別はどちらか?と聞かれたらもちろん、僕は男性だと即答できる。でも、もし性別が男女の二つだけでは無いとしたら?きっと僕は男性だと答えないだろう。シス男性(身体的性別と性自認が一致している男性)と全く同じか?と聞かれたら答えはNOだ。

僕が男同士の裸の付き合いに戸惑ったように、僕が生理を経験していたり、女性社会で育ったトランスジェンダーとしての感覚は、男性に共感されることはない。もちろん共感を求めているわけでもないし、違いがあることが当たり前で、それが良いとか、悪いとかの問題ではない。
カテゴリーに当てはめる必要もないし、他人にジャッジされるものでもない。人と違うことが当たり前でそんなことは頭ではわかっているが、僕自身に男女二元論のステレオタイプな考えが根深く刷り込まれていると実感した出来事でもあった。

僕が思う、トランス男性と、シス男性との違いはペニスだけの問題ではない。今まで見てきたもの、感じてきたもの、生き方そのものだ。もちろんトランスジェンダーの中でも個人差があって、僕の感覚に共感できない人もいる。

最近は本人の性別に関係なく「ノンバイナリー」(自身の性自認・性表現に「男性」「女性」といった枠組みをあてはめようとしないセクシュアリティ)という考え方も定着しつつあり、この多様性の中で男女の2つで語ろうとすること、当てはめること自体に限界があり、狭すぎる概念なんだと思う。

なので、今の僕は性別を聞かれたら「トランスジェンダー男性です」と答えるようにしている。

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文/井上健斗  Twitter@KENTOINOUE
イラスト/RYU AMBE  Instagram@ryuambe
記事協力/性同一性障害トータルサポート/G-pit