井上健斗のカルペディエム Vol.5/性別移行の狭間で体験したこと、気づいたこと。

今回は、僕が性別移行の約3年間に感じたこと、気づいたことについて皆さんにお届けします。
人生の途中で性別を変えるというのは滅多にないケースだけど、人生の何が大切なのかを発見できた、良い経験だったと思う。

振り返ると、この時期が一番、脳内が忙しかった。
男性として生活する未来への希望と、男性社会でうまくやっていけるかという未来への不安。昼間は飲食店で働きながら、夜にデリバリーや居酒屋など様々なアルバイトをして、ただただ性転換貯金の為に明け暮れた日々。

そしていよいよ、22歳でホルモン治療を開始、性別適合手術を経て25歳で性別を男性に変更することに…。

訪れる身体的な変化とは?
まずは声変わり。
ホルモン治療2カ月目くらいから、声がかすれて高音が上手く出せなくなりました。電話をすると「風邪ひいたの?」と聞かれるほど、日々声がカスカス。

一般的に思春期を迎えた男子は1週間程度で声変わりするそうだけど、トランスジェンダーの声変わりは1年かけてゆっくり変化していく。喉が痛いわけではないので辛くはなかったが、カラオケで歌えていた曲のキーが出なくなっていった。

次に、月経が止まった。
個人的には生理が来なくなったことは本当に嬉しかった。毎月、生理の度に自分が女性なんだと思い知らさるストレスからの解放。これは体質による個人差があるので、なかなか生理が止まらない人や途中で再開する人もいます。

並行して、体毛の増加、肌質の変化が起きた。
至る所の毛が剛毛になり、太く濃くなっていき、顔が脂っぽく(!)なった。以前より汗をかくようになり、体臭が男臭くなった。己の枕が臭いと思ったのは初めてだ。声変わりと同時に、この男臭が徐々に増していった。

性欲事情についても面白い変化があった。
立ち寄ったコンビニでグラビアの表紙を見た。女性時代も好きになる対象は女性だったので、グラビアの女の子の顔を見てかわいいと思うことはあったのだが、性別変更をしてからグラビアの表紙を見たときに、自然と顔を度外視して真っ先に身体に目がいった。

胸は自分についているし、女性の身体はある意味見慣れているはずなのに。男性ホルモン恐ろしや!と実感した経験でした。

変化していく身体と周りの反応。
治療を初めて徐々に周りからの見られ方、扱われ方が変わってきた。

■1~3ヶ月
見た目に変化はなく声だけがかすれていて、ただ風邪を引いた女子だったと思う。

■3~6カ月
男?女?どっち?という空気感が増した。どことなく中性的な雰囲気になった時期。

■6~9ヶ月
初めましての人に男性だと認識されるようになる。まだどっち?という反応はあったが、声を出すと「男性だ!」という認識になるようだった。ホルモン治療や性別適合手術で顔や性格が変わるわけではないので、古くからの友人、知人にはまだ大きな変化は感じられず女性に見えていたとのこと。

■9~12ヶ月
完全に男性として扱われるようになった。トランスジェンダー業界では「パス度」(移行した性別に見える度合い)という専門用語がある。ちなみに「パス度」は高い、低いという使い方をする。この時期に僕は完パスした(完全に男性に見られるようになった)。

1年が過ぎて、声変わりも落ち着きすっかり男性の声になっていた。同時に男臭も増していて、体臭や脂っぽさでも男性になっていることに気づいた。女性からの扱われ方と、男性からの扱われ方の変化に差があったので、これも面白い体験ができたと思う。

◆ 男女の反応の差:女性との距離感の変化
性別移行期に明らかに女性との距離感が広がっていった。

つい過去の感覚でコミュニケーションを取ると、距離が近すぎるようで強く拒否されたり、びっくりされることが多々あった。初めましての女性に気軽にスキンシップしようものなら「なんだこいつ」と言う威圧感。

この威圧感は人生で初めて味わったもので、僕が男性に変わったんだと自覚できた体験だった。

男女の反応の差:男性との距離感の変化
真っ先に思ったことは、男性社会って思っていたよりも厳しい!

女性時代と比較できるからなおさら実感したのだが、明らかに男性からの扱いが優しくなくなった。サル山のような男性特有の縦社会や、良くも悪くも乱暴さが目立った。

あまり意識していなかったけど、今までは重いものを持ってくれたり気遣ってくれたり、女性に対して大体の男性が優しかったんだな。と気づいた体験だった。

◆ 心の大きな変化
僕の場合、周りからの扱いが変わったことによって、身体だけでなく心の変化も強く実感した。自信がついて気が楽になり、人目を気にせず外を歩けるようになった。

女性時代は人混みを避け、人がいないところでこっそり彼女と手を繋いで歩き、常に恋愛の雰囲気を出すまいと、距離感に気をつけてデートをしていた。それでも、男性のようにふるまっても女だってバレないか?女性同性愛者だと後ろ指を刺されているのではないか?という不安があった。

性別移行の初期は何度も、女?男?と不思議な顔をされてきたし、直接聞きにくる人もいた。酔っ払いのおじさんに、わざわざ「お前女だろ!」と怒鳴られたこともあった。けれど、見た目が男性化していく過程で、コソコソすることが徐々に減っていった。

自分の性自認と、他者から扱われる性別が一致していることが大きなストレスを無くしてくれた。ただただ、男性として生きていることことが嬉しかった。

24歳に胸オペをして海パン一丁で初めて海に行った。女性時代は、ビキニも着れない、海パンも履けないので海を避けてきた。海を楽しいと思ったのは幼少期以来だ。海パンを履くことなんて男性から見れば当たり前のことで嬉しくもなんともないと思う。でも、今までできなかったから、僕にとっては天にも登るほど嬉しかった。

◆ 両方経験して気づいたこと
女性としての人生、男性としての人生。両方経験してみると「当たり前」の大きな価値にずっと気づいていなかったんだな、と思う。海パンを履いただけで(笑)感謝できたり喜べたり、こんなにハッピーになれるって、とても良い人生だなと思う。

僕は生まれた時から男性が持っている「当たり前」を、大人になってから手に入れた。だからその「当たり前」はごくありふれたものだけれどとても価値があるもので、逆を言えば女性時代に持っていた「当たり前」がどれほど素晴らしかったかも実感している。

つい見逃してしまう当たり前の「小さなこと」に感謝できたのだから、今振り返れば、僕がトランスジェンダーに生まれたのは「自分がどれほどたくさんの素晴らしい「当たり前」を手に入れることができる恵まれた人間なのか」を知るための神様からのギフトだったのだと思う。

もちろん、性転換は簡単ではないし、これからの人生大変なこともたくさんあるけど、僕は井上健斗に生まれたことを、とても感謝しています。

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文/井上健斗  Twitter@KENTOINOUE
イラスト/RYU AMBE  Instagram@ryuambe
記事協力/性同一性障害トータルサポート/G-pit