ノルウェー発のスローシネマ『ヒューマン・ポジション』が、9月14日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開中だ。本作は病気の療養から復帰した新聞記者のアスタと、ガールフレンドのライヴが静かな日常を送る中で、心の居場所を見つけていく作品である。
ーー美しいノルウェーとアスタが抱える陰との対比
舞台は「ノルウェーで最も美しい街」と称される、ノルウェー西海岸の港町オーレスン。新聞記者のアスタとデザインチェアを修復するガールフレンドのライヴは、子猫のいる家で暮らしている。
一見、2人の生活は穏やかに見えるが、時よりアスタは空虚感に満ちた表情を浮かべる。さらに、彼女のお腹には大きな傷があり、過去に起きた“何か”から立ち直れない様子が伺える。
本作はアスタの新聞記者としての独り語りが軸となっている。アスタは心ここにあらずといった出で立ちで、恋人と共に過ごすボードゲームやテレビ、料理の時間はルーティン化しているせいか、どこか退屈な空気が漂う。
もちろん、シンプルでミニマルな生活を好む人もいるが、ここではアスタの心の状態を象徴しているようにも捉えられる。
アスタの空っぽな心は、10年間ノルウェーで働いていた難民のアスランが強制送還されたというニュースにより一変。事件の真相を探っていくうちに、裕福とされるノルウェーの知られざる一面を突きつけられることになる。
同時に取材を通してアスタは世界との繋がりを感じ、仕事とプライベート両方で心の居場所を見つけていく。
ーー「椅子と生活」が映し出す心の風景
後半では、屋根裏部屋にある椅子のコレクションを中心に展開される。中でも印象的に映るのは、椅子の修繕作業のシーン。
塗装を剥がし、ヤスリをかけ、椅子に再び使命を与える作業は、アスタの心が徐々に回復していく様子を表しているようにも見える。まるで、椅子そのものがアスタにとっての「ポジション(居場所)」であるかのように。
また、2人が椅子に対して「私たちがその上に座るのは奇妙だ」というセリフも心に残るものだった。
これは強制送還されたアスランの比喩であろうか。特権者が普段何気なくしている言動は、誰かにとっては当たり前ではない。
本作に物語要素は少なく、結論があるわけでもない。そのため、アスタの心が完璧に回復したかは分からない。しかし、第一歩を踏み出していることは、確かに感じとれる。
美しい景色とともに、登場人物たちがそれぞれの新たな方向へと向かおうとしている姿を静観する78分間はとても贅沢な時間にさえ思えた。
◆ヒューマン・ポジション 9月14日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開中
https://position.crepuscule-films.com/
監督・脚本・編集:アンダース・エンブレム|撮影:マイケル・マーク・ランハム|音楽:エイリク・スリニング|製作:スティアン・スキャルタッド、アンダース・エンブレム|出演:アマリエ・イプセン・ジェンセン、マリア・アグマロ、ラース・ハルヴォー・アンドレアセン|原題:A Human Position 日本語字幕:西村美須寿|提供:クレプスキュール フィルム、シネマ サクセション|配給:クレプスキュール フィルム [2022年/ノルウェー/ノルウェー語/カラー/ビスタ/78分] © Vesterhavet 2022
文/Honoka Yamasaki
記事制作/newTOKYO