ホモフォビアに苦しむ過去の自分へ宛てた手紙700枚の作品群が注目を浴びるアーティスト、ネルソン・ホーのルーツ。

アーティストのネルソン・ホーのインタビュー

マレーシア出身で2022年に多摩美術大学絵画学科日本画専攻を卒業したアーティスト、ネルソン・ホーさん。14歳でゲイであることをオープンにしてから、受けたいじめやうつ病の発症、自殺未遂などで傷ついた過去の自分を、未来へと繋ぐために2020年10月から描き続けている作品群「毎日、君に手紙をかいてあげる」をはじめ、卒業制作展示が「アートアワードトーキョー丸の内2022」にて受賞したことを機に、彼が作り出す作品にさらなる注目が集まっている。

ーー今年10月にはイギリスでの展示も控えているネルソンさんのルーツ、アーティストとしての未来について教えてもらった。

ネルソン・ホーの顔

ーー日本のカルチャーに強く興味があったわけではないけれど、アートに与えられた自由度の高さに心が解放された。

ーー「描くことの楽しさ」を見い出した経験や思い出エピソードについて教えてください。

小学校へ入学する前から、自宅の壁にクレヨンで落書きをすることが大好きだったことは覚えています。両親も「この一面だけだったら自由に絵を描いていいよ」とスペースを設けてくれました。その一面が絵でいっぱいになったらペンキで真っ白に塗って、上からまた違う絵を描くという繰り返しでしたね(笑)。絵を描くことは、ずっと好きです。

14歳のときにセクシュアリティをオープンにしてからいじめを受けるようになったのですが、不登校、うつ病の発症、自殺未遂と苦しさの中にいるときも、絵だけは描いていたんですよ。両親は味方でいてくれて、そんな僕に「美術高校に入るのはどう?」と生きるためのレールを敷いてくれました。

インタビューに答えるネルソン・ホー

ーー高校生活3年間の経験を経て多摩美術大学へ入学するまでの経緯を教えてください。

留学したい気持ちよりも、マレーシアから逃げたいという気持ちが大きくて多摩美術大学へ入学しました。マレーシアはイスラム国家なので、セクシュアルや政治などに関わる社会問題をテーマとしてアート作品を制作すると、大きな問題に発展することが多いんです。

実際、高校の卒業制作展で憂鬱やゲイといった自身と親和性の高いテーマで作品を制作・展示しようと試みたのですが、校長先生から直々に「その作品は、大きな問題になりませんか?」と言われて。
結局撤去されてしまい、急遽制作した一枚の絵を展示することになりました。でも、そういった圧力がかかればかかるほど、社会に対して僕自身の考えを声に出したくなるんですよ。

特段、J-POPやアニメが好きというわけでもなく、どちらかというとドイツやフランスへの留学に心を惹かれていたのですが、未成年で遠いヨーロッパへ送り出すことは不安だと両親に言われて、日本の美大の中で一番有名だった多摩美に入学することになりました。
日本で美大生としての生活を重ねていくに連れてアート制作における自由度の高さに、自らの気持ちが開放されていくのを実感しました。

それに、若いうちに新しい言語を学びたかったという理由もあります。

絵を描くネルソン・ホーのインタビュー

ーー過去の自分を振り返る作品制作にピリオドを打ち、今の自分と向き合った作品を生み出していきたい。

ーー真っ白な封筒に赤い線描で描かれる作品群「毎日、君に手紙をかいてあげる」が代表的ですが、どのようにして生まれたのでしょうか。

元々、「赤い糸」という言葉の持つ意味合いが好きだったんです。人と人の繋がりや出会いを目に見えない赤い糸で表現するアジアの文化って、面白いなって。「毎日、君に手紙をかいてあげる」は2020年10月、コロナ禍で鬱になっていた僕が再び制作と向き合うために手に取った3枚の封筒から始まったシリーズ。
真っ白な封筒に郵便番号を記すための赤い枠が設けられているデザインが新鮮で可愛かったんです。マレーシアにはこういった封筒はなくて。

赤いペンで心のまま描くと気分が上がっていくことが実感できて、それからずっと一日1〜2枚は描くことが日課になっています。
今の、未来の自分から、鬱や自殺未遂、いじめで苦しむ過去の自分へ送る手紙をかくようにね。「何があっても、ネルソンは大丈夫だよ」と、当時かけて欲しかった言葉や気持ちを込めています。

ネルソン・ホーが描く作品
取材日に描かれた作品「毎日、君に手紙をかいてあげる」

ーー学生ではなくアーティストとして過ごした2022年の振り返りと、これからの活動について教えてください。

卒展に展示した作品が、全国の美大・芸大の卒業制作展に展示された作品からグランプリや審査員賞を決定する「アートアワードトーキョー丸の内2022」にて運良く受賞したことを機に、六本木で個展を開くことができたり、グループ展に参加できたり、手応えを感じられる一年でした。

今年に入ってからも南青山「spiral」での展示や雑誌『IWAKAN』でイラストを担当するなど、アーティストとしての活動を継続できていることが嬉しいです。10月にはイギリスでの展示も控えているので、自分にとってどのような経験になるのか楽しみでもあります。

アーティストのネルソン・ホーの部屋

いずれは世界的に名の知れた美術館で、大きな作品の展示やインスタレーションを展開して成功させたい。でかい空間を使って、でかい作品を見せる。それが僕の今の目標です。そのためには、過去の自分を振り返る作品ではなく、今と未来の自分に目を向けた制作に注力していきたいなと思っています。

■ネルソン・ホー/アーティスト
マレーシアの美術高校を卒業後、多摩美術大学絵画学科日本画専攻へ入学。在学時にはクィアアートの定義を問うグループ展「colors in sight」、卒業後にはゲイアーティスト4人によるリアルなゲイの世界をテーマとしたグループ展「Behind the Closet」へ出展するなど、クィアコミュニティにおいても継続的な活動を行っている。赤い線描で描かれる作品の数々をはじめ、ゲイであることを理由に受けたいじめや、うつ病、自殺未遂など過去の実体験からインスパイアされた卒業制作展示が「アートアワードトーキョー丸の内2022」で受賞したことをきっかけに注目を集め、2023年10月にはイギリスでの展示も控えている今注目の若手アーティスト。
公式HP | https://nelsonhor.com
Instagram@nelson_hor

ーー【ルームツアー】アーティスト、ネルソン・ホーが住む3階建ての自宅兼スタジオに潜入。セクシュアリティに対する悩みや自殺未遂の経験を経て制作された作品も紹介。

取材/芳賀たかし(newTOKYO)
写真/新井雄大
動画撮影・編集/BEBI
記事制作/newTOKYO