同性愛者というだけで家族に命を奪われる国。ドキュメンタリー映画「チェチェンへようこそーゲイの粛清ー」

ーー「誰にも迷惑をかけていない」「隠していればいい」が通用しない。同性愛者というだけで優しかった親兄弟から憎悪の目を向けられて命を奪われる。「ゲイ狩り」により秘密を暴かれたら最後、全てを捨てて逃げなければ生きることが許されないチェチェン共和国の真実を伝えるドキュメンタリー。

チェチェン共和国とは、1991年よりロシア連邦北カフカース連邦管区に属する共和国でイスラム教が国民の大半を占めている。そのため、同性愛は犯罪という価値観が根強く、「チェチェン人に同性愛者は存在していない」とされている。
かつて同性愛を犯罪とみなしていたロシアでは現在、伝統的家族価値の否定から子どもを守るという名目でカミングアウトなどを禁止する「同性愛宣伝禁止法」を定めている。

同性愛を公言することができないこれらの国に生きるLGBT当事者は、これまでは慎重に人目を避けて、密かに愛を求めることしかできなかった。
だがそれも過去のこと。秘密がいつ暴かれるのか分からない「ゲイ狩り」の恐怖が彼らの日常を変えてしまったのだ。

……きっかけは政府による麻薬捜査だった。そこで1人の同性愛者が所持していたポルノ画像と同性愛行為を示すやり取りが押収されてしまう。
元々厳格なイスラム思想により同性愛を否定していたのだが、警察や政府による増悪の対象が、この日を境に同性愛者へと移行してしまったのだ。

正義の名のもとに同性愛を暴かれたものは拉致され、集団による暴行や拷問を受け、さらに携帯やスマホの連絡先ややり取りから、複数の仲間を強制的に密告させられる。
そうして、多くの同性愛者が芋ずる式に「ゲイ狩り」の対象となってしまった。

告発されたものはある日、路上、自宅、様々な場所で待ち伏せをされ、拉致されてしまう。全身が打撲や切り傷になる激しい拷問を受けて情報を引き出された後、運よく命を失わなかった者は家族のもとへと返される。しかしそれは解放ではなく「一族の恥だから身内で密かに殺処分をしろ」という政府の圧力を意味する。
かつて優しかった親兄弟が、同性愛は悪という価値観のもと、当たり前のように罵声を浴びせ、暴力を行い、命を奪う。そしてこの世に存在しなかったことにされるのだ。

ときおり挟み込まれる実際の映像には、車から引きずり出した娘を家族が路上で嬲り殺しにする姿や、突然街中で拉致されるもの、ゲイカップルを取り囲み殴りながら尋問する姿、集団にあざ笑われてレイプをされる男性など、生々しい現実が映し出されている。

ロシアで活動していたチェチェン出身の男性人気ポップ歌手のゼリム・バカエフも、ある日突然、帰郷したチェチェンの地元警察に拘束されて消息が不明になってしまう。兄弟により殺害されたのでは、など様々な憶測はあるものの、同性愛者だったとされる彼の安否はいまだ、不明となっている。

今作では、ジャーナリストでありロシアLGBTネットワークの危機対応コーディネーターのデイヴィッドと、モスクワLGBT+イニシアチブコミュニティセンターの創設者で同性愛者のためのシェルター(非公開の避難場所)を運営するオリガが、命の危険にさらされている数人の同性愛者を保護し、国外に逃亡させる活動をメインに追う。

チェチェン政府高官の娘「アーニャ」が、レズビアンを理由におじから性的関係を迫られていると助けを求めてくる。しかし、いずれ親に同性愛者の秘密が漏れれば、名誉を気にする家族によって命が奪われることは明らかだ。
ロシア国内のあらゆる機関に影響力のある父親の手をすり抜けて亡命するのは至難を極める。たった数時間の間に服を変え、携帯を破壊し、国内から脱出しなければならない。映画でしか見たことがないような緊迫した逃亡に、こぶしを武器に悪を打ちのめす正義のヒーローは登場しない。

ゲイ狩りで拷問を受けた「グリシャ」は、チェチェン人でなかったことからいったん解放されたものの、ゲイ狩りの内情が国外に漏洩することを恐れた政府により、家族にも命の危機が迫ってしまう。
愛する息子を受け入れた母親、夫と別れて息子の命を守ると決めた妹たちと、長年のパートナー「ボクダン」は「グリシャ」と共に命がけで国内を脱出するのだが、グリシャは亡命後、苦悩の末に「これ以上の悲劇と犠牲者を増やさないために」チェチェン政府を告訴する選択をする。

また、多くの同性愛者の亡命を手助けしていたオリガもまた、亡命中に消息不明になった「アーニャ」の捜索願いをロシア警察に提出したことから個人情報がチェチェン政府へと漏洩、自宅や家族にも脅迫が届くようになり、彼女自身が亡命者になる決意をする。

亡命活動の中心人物であるデイヴィッドが「生きている限り僕たちの勝ちだ」と語るように、彼の命も保証はされていない。
劇中ではこの他にも、アイデンティティの喪失から亡命前に自ら命を絶とうとする者や、何組かの亡命者の行く末が描かれている。

登場する「グリシャ」や「アーニャ」ら亡命者は身元を隠し、本人の命を守るため、ディープフェイス加工で、アメリカのLGBTQ団体のメンバーが提供した顔に修正されている。
しかし、終盤で勇気ある選択をした「グリシャ」は実際の顔と本名を明かすことになる。

かつて、アメリカでも同性愛が嫌悪され、60年代後半に起きたストーンウォール事件はあまりにも有名だ。現代のアメリカは性的マイノリティへの人権意識が高いとされてはいるものの、劇中最後には、チェチェンからの同性愛亡命者の受け入れを当時のトランプ政権が拒否した事実も公表されている。

日本もまた、80年代に入るまでは同性愛が明かされると、命こそ奪われなかったにせよ社会不適合者として社会的地位や仕事、家族を失う偏見が根強かった時代があったことを忘れてはならない。
そう、同性愛に寛容とされている国であっても、いつ、こうした悲劇が再び行われるか分からない危機感を次の世代へと伝える努力を、我々は忘れてはならないのだ。

このドキュメンタリーはとても重い内容である。魂を切り裂くような痛みも伴う。
けれど、離れた国の遠い出来事ではなく、我々が向き合わなくてはならない問題として、勇気を持った鑑賞をしてほしい。

ストーリー/ロシア支配下のチェチェン共和国で国家主導の”ゲイ狩り”が横行している。同性愛者たちは国家警察や自身の家族から拷問を受け、殺害され、社会から抹消されている。それでも決死の国外脱出を試みる彼らと、救出に奔走する活動家たちを追った。本作品では、被害者の命を守るため、フェイスダブル技術を駆使し身元を特定不能にしている。世界はこの大罪を止められるか。

◆チェチェンへようこそーゲイの粛清ー
2022年2月26日(土)東京Eurospace/大阪シネ・ヌーヴォ/MOVIX堺ほか全国順次公開
https://www.madegood.com/welcome-to-chechnya/

配給/MadeGood Films
© MadeGood Films 2022 All rights reserved.
記事制作/みさおはるき(newTOKYO)